■それぞれの、形
7
次の日、いつもより少し遅めに目が覚めた。昨日、遅かったからなあ。
簡単に身支度を整え、コーヒーを飲みにレストランへ向かうと、がらんとした店内に、見覚えのある人物がいる。
「おはようございます。」
傍まで行って声をかけると、
「おはよう。永井さん、早いね。」
そうにっこり笑顔で、斉藤さんは答える。
朝から、さわやかな人だなあ。
「お1人ですか?」
「園華はまだ寝てるよ。俺は普段どおり目が覚めちゃって、コーヒーでも飲もうを思って、さっき来たところ。」
そう言いながら、読んでいた本をテーブルに置く。
「ご一緒してもいいですか?私もコーヒー戴こうと思って。」
私が言うと、斉藤さんは相変わらずさわやかな笑顔で『どうぞ』と答えた。
斉藤さんに、聞きたいことは山ほどある。・・・まあ、この一年間で、もういいやって思うようになったことが多いけど。なんで久実と別れたのか?とか、とても気になっていた。まあ、いまでは2人ともが結婚してるし、過去のことをむしかえすのも、自分でもどうかと思う。
「ポルトガル支社の件、上手くいきそうなんだって?」
私が何を話そうかと考えているうちに、斉藤さんが先に話し出す。
「そうですね。まだいろいろ話を詰めていく必要はありますが、先方の反応は好感触でした。」
「そっか・・・ご苦労様。なんか、久実が一枚かんでるらしいな。また、ありがとうって伝えてもらって、いいかな?」
斉藤さんは笑って言う。
直接、言えばいいのに。
「機会があればね。わざわざそのために連絡取るのも、リカルドに悪いかなって思うしさ。みんなで会うとかなら、問題ないけど、個人的に連絡とると、久実も余計な気を使うだろうから。」
そのわりに、昨日は和んでいたよね。ベルリンで偶然会ったって言ってたけど、その間に一体なにがあったんだ?
「リカルドを含め、昨日話してたみんなは、俺の夢の、賛同者だからね。内容は内緒だけど。」
楽しそうに、斉藤さんは言う。
サッカー・・・なんだろうなあ、きっと。
さすがに、斉藤さんも私相手にはサッカーの話は振ってこない。会社の話や、久実や山下さんや、宮原のお嬢さんの話をして、
「じゃ、これで。俺、今日ポルトガルを発つから。永井さんは山下と、ゆっくり休暇を楽しんで。滅多にこんな休み取れないしね。」
斉藤さんはそう言って、私の伝票も持って精算に向かう。
相変わらず、落ち着いているし、さわやかな人だなあ・・・。そりゃあ、もてるわ。
入社して、しばらくして斉藤さんの存在を知った。女の子の多い部署だと、早いうちに噂になってたらしいけど、男性社員の比率が高く、同期入社の女子社員が久実1人という海外事業部には、噂は回ってこなかった。『企画部1課に、めっちゃかっこよくて、仕事が出来る、優しい人がいる』という噂。
私が斉藤さんの存在を知ったのは、久実が1課と仕事をしだしてから。
「秘書課の人たちが、斉藤さんと一緒に仕事できるのっていいなあ、って言うんだけど、そんなに人気なの?」
という、久実の一言によって。
久実もたいがいのんびりしてると思うけど、女の子話なら、私は久実以上に疎いかも。
結局、斉藤さんの人気を確認した頃には、斉藤さんは久実と付き合い始めてたし。
だから、私にとって斉藤さんは、『モテる、久実の彼氏』という存在。
久実と別れてからも、斉藤さんは私に会うたび、『久実はどうしてる?』って聞いてきてたし。
今でこそ、お互い別々の人生を歩いているけど、特別な存在なんだ。・・・だろうけどね、結婚寸前で別れたんだし。
結婚・・・かぁ。彼氏もいない私にとっては、当分先の話なんだろうけど、仕事のこともあるし、なんだか難しそう。
今の仕事、楽しいし、充実してるし。この生活を変えることなく、結婚・・・って、ムリなのかな?すれ違いばかりの家族になるけど。
・・・なら、別に1人でもいいや・・・って、なっちゃう。
実家の親は、『紹介できるような人、いないの?』って言ってる。いないから、紹介してないのよ。きっと、年々、言われる回数が増えていくんだ。
でも、まだ20代なんだし、もうちょっと好きにやらせてほしい。
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