■それぞれの、形
14
「・・・結局、さっきの人は?なんでありがとう?」
やはりマイクの言葉をちゃんと聞き取ってなかった山下さんが言う。
「さっきのマイクが、ジョアンが言ってた女癖の悪いパートナー。山下さんのおかげでいい仕事ができた、ありがとうって。」
「・・・俺、何しに来たんだろ・・・。」
ちょっと落ち込んで言う山下さん。
この人の、こういう飾らないところは好きだ。普段は自身たっぷりで、バリバリ仕事して、きついことも結構言うので、そのギャップはかわいいと思う。
「心配してくれて、飛んできてくれたんでしょ?ありがとう。」
「・・・まあ、必要あったかどうかといえば、微妙だけど。しかも、後先考えずに来たから、宿もないし。」
バツが悪そうに山下さんは笑って言う。
「ホテル、部屋空いてるか聞いてみるね。」
ホテルのフロントに確認すると、空いてる部屋はない。追加1人分払えば、私の部屋に泊まることは可能だと言う。
今から、他のホテルを探すとなると、大変だよなあ・・・週末だし。
〈じゃ、それでお願いします、あ、でも追加の分は現金で。〉
私の宿泊費は会社持ちだけど、山下さんの分まで、会社払いにするわけにはいかない。
「部屋、狭いけど我慢してね。今日満室だから、同室しかダメだって。」
ビジネスバック1つしか持ってない山下さんを、自分の部屋へ案内する。
多分、中身は仕事の資料とかしか、入ってないんだ。
そう思うと、余計におかしくなる。
「ごめん・・・余計なことして、余計迷惑かけた。ほんと、ごめん。」
部屋に入るなり、山下さんはそう言って頭を下げた。
「そんなことないって。久しぶりに会えて、私は嬉しいし。久々の1人出張で、ちょっとさびしかったからね。」
私が言うと、山下さんは真顔のまま顔を上げて、そしてふっと笑う。
「俺も。今まで1人出張なんて当たり前で、何とも思わなかったのに。永井さんが居たらなーって。だから、ジョアンから電話をもらって、いてもたってもいられなくて・・・。」
そう言ってから山下さんは、私をぎゅっと抱きしめ、
「何事もなくて、ほんとよかった。」
私の耳元でそう、つぶやく。
急な出来事で、私はびっくりした。
でも、私を心配して、ここまで来てくれたことが、嬉しかった。
それと同時に、ここまでの行動力に、あらためて関心する。
私は、山下さんの背中に手を回し、抱きしめ返した。
「何するのよ!ってひっぱたかないの?」
山下さんが、ちょっと意地悪っぽく言う。
「ひっぱたいて欲しい?」
「永井さん、手加減してくれなさそうだから・・・遠慮するよ。」
「またそんなこと言う。」
久々に聞く、憎まれ口が、妙に心地いい。
抱き締め合ったまま顔を見合わせ、笑顔で話していたが、ふと、お互いが笑うのをやめて。
ごく自然に、唇を重ねる。
特別だと、意識したことはなかった。仕事上のパートナーで、それだけだとずっと思ってた。
まさか、こんな身近に、こんな存在の人が居たなんて、思いもしなかった。
抱きしめられる手に、重なり合う唇に、幸せを感じる。
こんな充実感は初めてかも。
「俺、ハイレベルな恋愛は出来ないかもしれないけど・・・よろしく頼むな。」
山下さんは、私を抱きしめたまま言う。
「私も。恋愛に関しては偏差値低いと思うから・・・、お互い自然体でこれからも行きましょう?」
私が言うと、山下さんは笑いながら、
「永井さんは、俺の弱いところや、情けないところも知ってるしな。」
そう言うが、その表情は、とても優しく温かいもの。
普段、人に頼ることもないし、自分で何でも出来ると思ってるから、相手が少々情けなかろうが、たいした問題じゃない。
でも、本当に自分がピンチの時には、何があっても助けてくれそうな人・・・。
それが山下さん。
まぁ、普段もしっかりしてる人なんだけどね、実際。
「山下さんこそ。私に対していろいろ言うのは、あなたくらいのものよ。」
「だって、永井さんもいろいろ言うじゃん。」
にやっと笑う山下さん。
「じゃあ、ついでにもう1つ。すごい汗、風邪引くよ?」
私がそう言うと、山下さんは私からパッと離れて、
「そうだった。ごめん。・・・汗臭い告白になっちゃったな。」
なんて言うもんだから、私は大笑い。
「いいじゃない。私達らしく自然体で。」
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