■夕日の向こうに
55
その時。
“久実―!”
聞き覚えのある声。
振り返る私の目に飛び込んできたのは、こっちに向かって走ってくるリカルドの姿。
呆然としている私の傍まで走ってきたリカルドは、私を強く抱きしめる。
“心配したよ、急にいなくなるから。”
リカルドは私を抱きしめたまま、そう言う。
“ねえ、本当に私でいいの?”
私は溢れる涙を止められず、声を詰まらせながら言った。
“当たり前だろ。・・・パトリシアが言ったことなんて、気にするなよ。ホテルに戻ったら、あいつがいて、くだらないこと言ってたから。それとも、久実はサッカー選手だから、俺と結婚するの?”
リカルドはちょっと怖い顔で言う。
そんなことは決して、ない。私が選んだのは、リカルドの職業じゃなくて、リカルド自身。
“だろ?僕だって。そんな久実だから好きになったんだよ。さあ、帰ろう。みんなも心配してる。携帯は部屋に置きっぱなしだし、行き先もわからないって。”
リカルドはそう言いながら、手で、私の涙を拭う。そして、川面に移る夕日を見ながら、
“ちょうど一年前だよな。ここで初めて久実と会ったのは。”
そう呟いた。
“あの時は、夕日に向かって叫ぶ久実を見て、思わず声をかけたけど、それは偶然じゃなくて、運命なんだよ。今はこうやって、ちゃんと迎えに来れたしさ。なんとなく、ここにいるんじゃないかって。”
そして私を見て、
“あの夕日の向こうに、何があると思う?”
そう優しく問いかける。声を出せずにいる私の頭を撫でながら、リカルドは、
“新しい、僕達の人生があるんだ。だって明日は結婚式だろ?そんな大切な日を、久実は真っ赤な目で迎えるのかい?”
そう優しく微笑んで言う。
私はリカルドにぎゅっとしがみついて、
“ごめんね。もう泣かないし、迷ったりしないから。”
そう言った。
この人に出会えてよかった。
この人に会わせてくれた神様に、運命に感謝したい。
・・・そして、私を見つけてくれた、リカルドに・・・。
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