■夕日の向こうに
39
PM8:00。
雅恵(私も以前いたけど)の会社近くの居酒屋へ。
店内に入るとすでに雅恵と山下さんは席に座ってビールを飲んでいる。
私も席に座って飲み物を注文して、
「何?面白い話って?」
と早速2人に切り出した。雅恵が昼に電話かけてきてから、気になって仕方なかったんだもん。
「いやいや、今日の朝ね・・・。」
山下さんは笑いながら話し始める。
「いつものように早めに会社に着いて、新聞読もうと思ってたんだけど、中見たら昨日の高校サッカーの記事が見開き2ページ載ってて。しかも、庄田さんとリカルドまで。これは課長に見せなきゃって思ってね。」
山下さんが笑いをこらえながら言うと、雅恵も、
「ほら、私も早めに会社に着くじゃない?ついた頃に山下さんから電話があったのよ。「おもしろいものがみれるから、1課においで」って。」
「課長、昨日の結果知らなかったらしくて、高校サッカーの記事があるって言ったら案の定食いついてきて。しかも、永井さんがわざわざコーヒーまで出してるし。」
「『久志、優勝したんだなあ』って、最初はのんきに言ってたんだけど、記事読んでいくうちに、リカルドの記事見つけて『リカルド・フェルナンデス、日本に来てたんだ!なんでだ?』なんて興奮し始めてね。」
山下さんと、雅恵が交互に話す。
「『マンチェスターユナイテッドに所属のポルトガル代表リカルド。フェルナンデスは・・・』なんて声に出して記事読み出して、『浦和高校キャプテン、庄田久志の姉・久実さんと12月に婚約・・・』って読んだところで呆然として、手にもってたコーヒー、服にこぼして大慌てしてたんだよ。あの時の課長の顔と慌てよう、庄田さんにも見せたかったなあ!」
山下さんは大笑いしながら言う。
私もその話を聞いて、ついつい笑ってしまった。
山下さんの言うように、私もその光景は見たかったかも。慌てる信吾って、めったに見れるもんじゃないもん。
「その後、私、斎藤さんに質問攻めよ。まあ、今まで知ってて黙ってたんだけどね。」
雅恵も笑いながら言う。そして、
「斎藤さんからの伝言。『おめでとう、俺が言うのもおかしいかもしれないけど、幸せになれよ。』って。ちょっと寂しそうに笑って言ってたよ。」
寂しそうに・・・か。
信吾より、私の方が吹っ切れてるかもしれない。
振られた方が、あきらめがつくのかも。嫌いになって別れたわけではないから、余計に。
一方的に別れを告げられた私は、信吾のことを憎むことができる。よく、嫌いになれたら楽っていうけど、信吾が嫌いになるとしたら、自分自身だもん。私以上に辛かったかも。
まあ、私もばかやろうとは思ったけど、嫌いになることはなかったけどね。
「そんなこと言っても、斎藤さんだって6月に結婚するんだよ。私、あの人には、もうちょっと苦労して欲しいわ。」
雅恵はちょっと怒って言う。
「まあまあ。課長も、これからが大変なんだって。社長の娘の婿養子だろ?将来は安泰かもしれないけど、窮屈だぞ〜。」
山下さんは雅恵をなだめるように言う。
そっか。信吾も結婚するんだ。まあ、妥当なとこなんだろうけどね。
宮原のお嬢さんはまだまだ若いけど、信吾も今年で31歳。それに、お嬢さんの気が変わらないうちに、社長は早く結婚まで持っていきたいだろう。
次期社長か・・・。結果としては、これでよかったのかもしれない。
もし、私と慎吾が別れずにあのまま結婚していたとしたら、ここまで出世することはなかったはず。仕事ができて、部下を大切にする慎吾のことだ。きっと会社は、もっといい方向へ進むはず。
私も、慎吾と別れてなかったらもちろん、リカルドと出会ってなかっただろうし、それより、慎吾の存在があったから、あのときポルトガルに行ったんだ。
あの日、あの時間、あの場所にいたから。あの川辺で『ばかやろー』って叫んだから。
だから、リカルドと知り合うことができた。
何かが、少しでも違ってたら、今のこの現状はなかっただろう。
慎吾より、リカルドがいいってわけではないけど、今、現実に幸せなんだから、私は慎吾に感謝するべきかな?って思う。
「のろけるねえ。」
私の話を聞いた山下さんが笑って言う。
「これで、よかったのかもね。久実がイギリス行っちゃうのは寂しいけど、今のほうが自然体でいい顔してるよ。」
雅恵も笑顔で言ってくれた。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!