■夕日の向こうに
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高木さんたちはこの後、浦和の監督と飲みに行くということだったので、私とリカルドと香織ちゃんは、一足先にスタジアムを出た。
今日はリカルドが日本で過ごす最後の日。久志の優勝祝いで外食でもよかったんだけど、家族でのんびりしようということで、家で夕食を作ることに。
私は母さんを手伝ってキッチンにいたんだけど、リビングは父さんとリカルドと香織ちゃんという、不思議なトリオとなっていた。
「お姉さん、私代わりますので、お姉さんリビングにいてください。」
香織ちゃんがキッチンに顔を出して言う。3人では言葉もちゃんと通じないので、会話が成立しないらしい。
私は自分がつけていたエプロンをはずし、香織ちゃんに手渡す。香織ちゃんはそのエプロンをつけながら、
「お母さん、何をすればいいですか?」
と、母さんに聞いている。高校生とは思えないくらい、しっかりしてるなあ。
久志が帰ってきて夕食なんだけど、結局、私は何もせずに、すべて母さんと香織ちゃんが作ってしまった。
「久実がイギリスに行っても、もう1人娘がいるから、さみしくないわねー。」
母さんが笑いながら、冗談ぽく言う。
さみしくないっていうのはありがたいけど、こっちがちょっと寂しいかも。まあ、香織ちゃんがいてくれることが、私も本当に心強い。
「ま、春から埼玉だけどな。」
久志がボソッと言う。
「そ、それでも、イギリスよりかは近いんだから。香織ちゃん、後はよろしく頼むわね。」
まあ、後を頼むって言っても、私がこの家にいて、何の役にもたってはいなかったけど。8つ下の香織ちゃんのほうが、ずっとしっかりしてるんだもん。私が頼むって言うのも、ちょっと変かも。
でも、同じ家にいても、久志の情報を教えてくれない母さんのこと。イギリスに行ってしまえば、家の情報なんて全く入ってこないかも。やっぱりここは、香織ちゃんによくお願いしておくほかない。
久志は香織ちゃんを家に呼んだにもかかわらず、リカルドとばかり話をしてる。まあ、2人だけでは会話が成り立たないんで、私も香織ちゃんもその場にいるんだけど。
「香織ちゃん、春から大学生?」
通訳の合間に、私は香織ちゃんに聞いてみる。
「短大ですけどね。食物系の勉強したくて、栄養とか。私でも、久志君の役に立つかなって思って、選んだんですけど。」
香織ちゃんはちょっと照れたように笑って言う。
すごいなあ。そんなことまで考えてるのか。まだ高校生なのに。
「でも、お姉さんみたいに、英語も話せるようになりたいんです。ほら、久志君が将来、海外でプレーするようになったら、英語だと、とりあえず通用するじゃないですか。」
まあ・・・、私はこの英語にずいぶん助けられてるもんなあ。でも、私の場合は、結果的に英語が話せてよかったってことで、目的をもって勉強したわけじゃないから・・・。
ていうか、久志が海外でプレーって・・・。そこまで考えているんだ。
高木さんもそうだけど、日本でも、すごいといわれるような選手は、たいてい国外リーグの経験者だ。久志も、そんな凄いメンバーの仲間入りできるのかなぁ?
高木さんたちも言っていた『あと2,3年もすればいい選手になる』っていうのに期待しよう。久志はまだ高校生。可能性はまだまだ十分にあると信じて。
次の日。12時成田発、ロンドン行きの飛行機でリカルドはイギリスに帰る。高木夫妻も一緒に。
私はしばらく日本に残るので、しばしの別れ。でも、次に会う時は、そこからずっと一緒にいる時。
“怪我と病気には気をつけてね。”
“クミも。お父さんとお母さんにありがとうって言っておいて。久志にも頑張れって。愛してるよ”
私とリカルドは相変わらず、空港で抱き合ってたんだけど・・・。今日はやけに人が多い。しかもカメラを持っている人。
明らかに、報道陣。まあ、高木さんもいるから、それでかな?と思ってた。
でも、私とリカルドが抱き合っているところまで撮られているような気が・・・。リカルドが全く気にしていないので、私も気にとめなかったけど。
リカルドと高木さんと春奈さんが出発ゲートの向こうに消え、私もぼちぼち帰ろうか・・・と歩き出したところに、その報道陣がやってきた。
「庄田久実さんですね?」
そう言われてマイクを差し出されても・・・どう答えろと?
今まで遭遇したことのない場面におろおろしていると、バッグの中で携帯のなる音。
私は慌てて携帯を取り出し、
「もしもし。」
と電話に出ながらその場から走り去った。
『久実、今大丈夫?』
電話の相手は雅恵。
「ありがとー、助かったー。」
『何が?』
「今、空港で報道の人にマイク向けられてたの。ちょうどいいタイミングで雅恵が電話くれたから、逃げてきちゃった。」
私が言うと、雅恵は大笑いしている。
『それはよかった。そうそう、今日の夜あいてる?ご飯食べに行かない?山下さんもいるけど。面白い話があるのよ。』
雅恵は意味深な笑いを含ませながら言う。
何だろう?面白い話って。
『また夜に会った時ね。』
雅恵はそう言って教えてくれない。待ち合わせの時間と場所だけ決めて、電話を切った。
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