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■夕日の向こうに
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 しばらくの間、選手と共に優勝の喜びにわいていた観客席だったが、選手が控え室に戻ると、それぞれに競技場を後にする。

 私たちも観客席を出て、高木さんは選手たちの所へ顔を出しに行くからと控え室に向かったので、久志に後でこっちにくるよう伝言を頼んで、近くで待つことに。

「おめでとう、香織ちゃん。」

 まだ、涙目の香織ちゃんにそう言ってると、

「ちょっといいですか?」

と後ろから声をかけられた。振り返ると2人組みの男の人で、片方の人はカメラを持っている。・・・報道関係の人かな?

「浦和のキャプテン、庄田久志くんの、お姉さんですよね?」

 何でわかるの?!報道の人って、そんなことまで知ってるの?

「隣は、マンチェスターUの、リカルド・フェルナンデスさんですね、婚約者の。ちょっとお話をお伺いしたいんですけど。」

 そうか。リカルドが有名だから、ばれるよね。しかも、リカルド目立つし。

 リカルドは小声で、

〔クミ、何て言ってるの?〕

と聞いてくるので、報道関係者が、取材をしたいって言ってることを伝える。

 男の人が差し出した名刺には新聞社の名前。よく聞く、大手新聞社だ。

「ところで。日本語で、お話をうかがうわけには、いきませんかねえ。」

 相手の人がバツの悪そうな顔で言う。どうも外国語を話せるスタッフが今日はいないらしい。
 まあ、高校選手権で、外国語の必要な取材ってのはあまり(というか、ほとんど)ないだろう。今日だって、リカルドがいると思って来てるわけではないだろうし。

 私が、男の人が言うのをそのまま英語で伝えると、

〔会話まではできないよ。クミ、間に入ってもらってもいい?〕

リカルドがそう言うので、そのむねを相手に伝える。

「ありがとうございます。では、今日の試合をプロの目からみて、いかがでしたか?」

 新聞社の人は試合のこと、久志のこと、日本のサッカーのことなど、サッカーに関する質問をリカルドにするので、私は本当に通訳みたい。

「ところで、後になりましたが、ご婚約、おめでとうございます。リカルドさんから見て、久実さんはどういう女性ですか?」

 という質問に対してリカルドは

〔クミはいい意味で、いつも僕を驚かしてくれる。最初は年下かと思ってたけど、やっぱり落ち着きもあって、よく気もつくし。彼女といると僕は安心してサッカーに打ち込むことができるんだ。〕

と言ってくれる。そう言ってくれるのはすごく嬉しいんだけど、これを自分で通訳するの?

 私が照れて、適当にごまかしていると、リカルドが言った言葉をそのまま日本語で取材の人に言う人がいる。春奈さんだ。

「相変わらずだなあ。」

 その後ろからそう言って笑いながら久志もやってくる。それに気づいたリカルドは、

“久志、やったな。いい動きしてたよ。”

 試合中の興奮が戻ったように、ポルトガル語でそう言うが、ポルトガル語では通じないよ、だれにも。

「リカルドさん、せめて英語でおねがいします。来てくれたんですね、ありがとうございます。」

 久志は右手を出してリカルドに言う。

 新聞社の人そっちのけで、身内で盛り上がっていると、困った顔した取材の人が、

「すいません、最後に1つだけ、いいですか?」

と言う。

「リカルドさんから、久志君に一言、お願いします。」

〔同じピッチの上で試合したいですね。できれば、大きな舞台で。〕

 リカルドはそう答える。ほんとに、そんな日がくるといいなあ。私は応援に困るけど。

「ご協力、ありがとうございました。これからのご活躍、期待しています。」

 新聞社の人はそう言って、みんなに挨拶をして去っていった。

 あらためて身内だけになって、

「おめでとう。」

とみんなが口々に久志に向かって言う。

「ありがとう。まさか、こんなにたくさん観に来てくれるなんて思わなかったから、驚いたよ。香織だけかと思ってたしさ。」

 久志は言う。まあ、リカルドや、高木夫妻はそうだろう。でも、なんで私まで?姉なのに。

「姉ちゃんが一番、当てにならないの。」

 ひどいよね、この言われよう。確かに、この中で一番サッカーに詳しくないし、選手権の存在自体知らなかったけど。

「香織、お前今日時間大丈夫か?」

 ふと思い出したように久志が言う。

「まだ時間かかるけど、解散したら今日は俺、家に帰るから、姉ちゃんと一緒に家に行っとけよ。」

 当たり前のように久志は言う。付き合いが長いと、こんな感じになるのかな?中学で知り合って6年になるもんなあ。私なんてまだ半年だ。

 でも、これから2人で歴史を作っていくんだもん。付き合いの長い、短いなんて関係ない。

 久志がチームメイトの元に戻ってしばらくして、高木さんが戻ってきた。まあ、そのときに久志のチームメイトがリカルドを見に来て、サインやら握手やらして戻っていったけど。


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