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■夕日の向こうに
35

 夜になって、仕事を終え帰宅した父さんにリカルドは、

「挨拶ガ後ニナリマシタガ、久実サンヲ、必ズ幸セニシマス。結婚サセテ下サイ。」

と、ちゃんと日本語で挨拶をした。後で聞いたら、高木さんに教わってきたらしい。練習・・・したのかな?

 イギリス滞在中に電話で報告して、両親も了承済みだったけど、あらためて報告を聞いて、特に母さんは嬉涙を流すほど喜んでくれた。父さんも、

〔久実を頼む。〕

と、完全なカタカナ読みの英語で、リカルドに向かって言う。

 今まで、父さんの英語は聞いたことない。きっとこれも練習してたんだろうなあ。父さんが、リカルドに言うためのセリフを練習している様子を想像して、おかしくなると同時に、凄く嬉しかった。

 父さんは本当は、私に見合いをして欲しかったらしい。相手もちゃんとした人で、安定した暮らしもできる。でも何より、ずっと近くで暮らせるから。
 リカルドと一緒に、私が外国に行くことが、不安で寂しいと言ってた、と母さんがこっそり教えてくれた。

 でも、リカルドとの交際を反対しなかったのは、一緒にいる私とリカルドを見て、私たちを引き離そうとは思えなかったからだそうだ。

「外国っていったって、毎日飛行機は出てるし、1日あれば帰ってこれるんだから。」

 私が言うと父さんは

「そんなにしょっちゅう帰ってこなくていいぞ。久実はリカルド君のそばにいろ。」

ちょっと照れたように最後は言った。




 今回のリカルドの休みが終わると、W杯が終わるまで休みらしいものはなくなってしまう。なので、今後の大まかなことは今の間に決めてしまおうということに。

 万が一、リカルドが代表にならなかったら悠々と休みが取れるんだけど、怪我でもしない限り、代表入りは間違いない。

〔僕の予定としては、ポルトガルが優勝するから、W杯の最終まで、ドイツにいるはずなんだけど。〕

 リカルドは笑いながら言うが、目は真剣だ。本気で優勝を狙っている。当たり前のことなんだろうけどね。

〔私も、それがいいなあ。優勝してポルトガルに帰って、結婚式。ね?〕

 私がリカルドに向かって言うと、リカルドは心配そうな顔で私を見ながら、

〔久実は、ポルトガルでいいの?日本でなくて大丈夫?〕

そう言ってくれる。

〔いいの。私がリカルドと出会ったのはポルトガルなんだし。でも、できたらマデイラがいいな。リカルドの故郷の。〕

〔僕も。じゃあ、W杯が終わったら、マデイラの教会で結婚式だ。〕

 リカルドは笑顔でそう言った。




 1月9日。

 久志は言ってたとおり、決勝戦まで勝ち進んだ。リカルドが9日まで日本にいられるということで、一緒に久志の試合を見に行くことに。まあ、高校生活最後の試合なので、家族総出で応援なんだけどね。

 ちょっと早めに国立競技場について、応援席はどのあたりだろうと会場の案内板の前で悩んでいると・・・。

〔リカルドに久実ちゃん、なんでここに?〕

 後ろから声をかけられ、振り返ると高木さん夫婦が立っていた。そっか。母校の応援行くって言ってたっけ。

 ・・・って、もう2校しか残ってない。高木さんの母校って・・・。

〔浦和だよ。〕

 久志の高校!

〔私の弟も、浦和なんです。〕

 私が言うと、

〔そうそう、俺もさっき知ってびっくりしたよ。キャプテンの庄田久志って、どこかで聞いたことあるなって思ってたら、久実ちゃんと同じ姓だし。今、監督に挨拶してきたんだけど、よく似てるね。〕

 高木さんは笑いながら言う。

 えー?私と久志が似てる?

〔似てるよ。僕も初めてみたとき思ったもん。〕

 隣のリカルドまでもが同じ事を言う。だって、似てない姉弟って言われてたのに。

 私たちが案内板の前で似てる、似てないと言い合ってると、

「お姉さん!」

 今度は香織ちゃんがやってきた。

「香織ちゃん、私と久志、似てる??」

 私は挨拶もせずに香織ちゃんにたずねた。

「?似てますよ。面影とか、雰囲気とか。」

 そうなんだ・・。じゃあ、今まで似てないって言われてたのはなんだったんだろう?

〔久実、この子は?〕

 私と香織ちゃんのやりとりを黙って見ていたリカルドが言う。

〔あ、ごめんね。こちらは久志の彼女の、香織ちゃん。中学のサッカー部のマネージャーだったの。〕

 私はリカルドと高木さん夫婦に、香織ちゃんを紹介する。

「はじめまして、滝川香織です。リカルドさんに、高木淳司さんと、奥様ですよね。」

 香織ちゃんはにっこり笑って言う。おお、さすが。ちゃんとわかるんだ。

「リカルドさんの話は、久志くんから聞いてますし、高木さんは、浦和の伝説の人ですもん。久志君、高木さんが在籍してたから、浦和を選んだんですよ。」

 香織ちゃんはそう言う。・・・初耳なんですが、その話。

「他県の強豪校からもスカウトは来てたんですけど、久志君、最初から決めてたみたいでしたよ。お姉さん、社会人一年目で忙しそうでしたもん。」

 香織ちゃんはそういってまたもやフォローしてくれる。

〔しっかりした子だなあ。久志と同じ歳とは思えない。〕

 リカルドはそう言って笑う。そうだろうなあ。私だって、香織ちゃんが8つも下とは思えないもん。私の頼りなささが、さらに際立ってしまうよね。

〔久実はそのままでいいの。僕が守るから。〕

 リカルドはそう言ってくれる。その言葉に浮かれて、私が意識を飛ばしていると、

「はいはい、このバカップルはおいといて。香織ちゃんだっけ?一緒に浦和の応援席に行こうか。」

 春奈さんはそう言って、高木さんと一緒に香織ちゃんを連れて歩き出した。

 バカップルって・・・。あ、でもこの場でさっきのやりとりだと、言われても仕方ないかも。

 言われた意味がわからないリカルドにバカップルの意味を訊ねられても、さすがにこれは英訳できなかったけど・・・。


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