■夕日の向こうに
33
私は年の瀬の29日に日本に帰って、31日夜、久志が久しぶりに家に帰ってきた。
年明け2日からまたクラブに戻らないといけないみたいなので、つかの間の冬休み。リカルド並に忙しい毎日を送っている。
「姉ちゃん、マンUの試合、見たんだって?いいなあ!」
第一声がこれ。その前に、他に言う事ないのかなあ?
「俺も、イギリス行って、リカルドの試合見たいけど、クラブ休めないし。日本で試合してくれたら行けるのになあ。」
久志は本当に悔しそうだ。まあ、サッカーの好きな久志が見てなくて、ルールのわからない私が見に行ってるんだもんなあ。
「どうせ、ドイツもついていく気だろ?」
「うん。欧州リーグが終わったらリカルド、ドイツに行くって言ってたから、その前にイギリスへ行ってから、一緒にドイツ行くの。」
そう。今度イギリスに行くときは、向こうに住むために、行く。W杯終わって、イギリスに帰ってすぐ生活できるように準備をしてから、ドイツに向かう。
ポルトガルチームのキャンプ地、マリエンフェルト。そこのホテルにポルトガルチームは滞在するのだけど、選手の家族も、出入り自由らしい。なので、リカルドが私を家族扱いしてくれるように、チームに頼んでくれたらしい。
〔婚約者なんだから、家族同然でしょ?〕
リカルドはそう言ってくれた。
「え?姉ちゃん、婚約したの??マジで?」
久志は知らなかったらしく、本気で驚いている。
「俺、ここんとこ忙しくて、サッカーニュースでも、細かい記事まで読んでなかったしなあ。日本では、ポルトガル選手はいまいちマイナーだから、そんなに大きく取り上げてくれないし。ていうか、母さん、なんで教えてくれないんだよ!」
久志はニコニコ笑っている母さんに向かって言う。
わざとだまってたのか・・・。
「でも、なんで高校の部活が、そんなに忙しいの?」
私は久志に疑問に思ってたことを聞く。サッカー名門校だから、というのはわかる。でも、正月もなにもあったようなもんじゃない。2日からクラブ始動だから、実際は1日の夕方学校へ帰るらしい。
「え?姉ちゃん、今選手権真っ最中なの、知らなかった?」
・・・なんだ?それ。
久志が言うには、高校のサッカーで、是非取りたいタイトルが、選手権優勝、らしい。実は、30日に一回戦がすでに終わって、順当に勝ち上がってるそうだ。
「で、久志、出てるの?それに。」
私の間抜けな質問に、久志は切れ気味になりながら、
「当たり前だろ!優勝狙ってるチームの、いちおう中心選手なんだぞ。新聞とか、結構俺の名前でてるのに。海外サッカーばかり見てないで、ちょっとは弟にも興味もてよ。」
という。
だって、知らなかったんだもん。私も日本にいないこと多いけど、久志だって、ほとんど家に帰ってこないから、何してるかなんて全然わからない。
母さんはちょくちょく連絡とってるみたいだけど、教えてくれないことも多いし。
「2日が2回戦で3日が3回戦。順当に勝ち上がれば、9日が決勝!」
久志はムキになって言う。
「じゃあ、決勝くらいは、見に行ってあげるよ。」
私はそう言ったけど。
1月2日。結局私は2回戦を見に来ていた。久志には内緒だけど。
優勝するとか、中心選手とか、久志は大きいことを言うけど、言うだけのことはある。中盤で、声を出してみんなに指示を出しながら、ボールを蹴ってゴールまで駆け上がっていく。
リカルドと一緒のところを見るとたいしたことないなあって思ってたけど、高校生の中に入れば、身内のひいき目に見ても、上手い。
しかも。
応援席からは『久志くーん』だの、『庄田くーん』だの、女の子からの黄色い歓声が聞こえる。人気あるのかなあ?
学校での久志なんて、中学の時以来見ていない。中学の頃はサッカーの応援行ってたけど、最近行かないしなあ。
そういえば、久志が中学の時に付き合っていた彼女は、どうしたんだろう?
当時同じ中学で、サッカー部のマネージャーしてた子。高校は久志とは別の、地元の高校に進学したはず。昔は家にも遊びに来てたけど、もうずいぶん見てないなあ。
私よりずっと、サッカーに詳しくて(マネージャーだから当たり前かもしれないけど)元気な子だったっけ。
そんなことを考えているうちに、試合は3対0で久志の学校が勝った。しかも久志、1点入れてるし。やっぱりあいつ、上手なんだ。
混雑を避け、人が少なくなってから会場を出ようと、少し待ってから立ち上がったその時。
「お姉さん、久志君のお姉さん!」
女の人の声。久志君のお姉さん・・・って、私のこと?
声のする方を見ると、1人の女の子がこっちを向いて手を振っている。その子は私のところまで走ってきて、
「久志君のお姉さんじゃないですか?私です。滝川です。滝川香織。中学のときの・・・。」
その子がそこまで言ったとき、私も思わず、
「久志の彼女!」
そう言った。
「覚えててくれたんですね。お久しぶりです。」
にっこり笑って、香織ちゃんは言う。
最後にあった時、まだ彼女は中学生だった。あれから約3年。すっかり大人っぽくなって、綺麗になってる。
「久しぶりねえ。元気だった?」
私の問いかけに、
「相変わらずですが、元気ですよ。お姉さん、婚約したんですってね。久志君から聞いてびっくりしました。おめでとうございます。」
香織ちゃんが言う。久志と連絡取ってるんだ。てことは、まだ続いてたのかな?
「遠距離になっちゃいましたけどね、ちょっとだけ。あ、でも春からは久志君と同じ、埼玉県民になりますよ。」
香織ちゃんは嬉しそうに言う。
え?埼玉県民?久志も?もしかして、また私だけが知らないことがあるのかな?
「・・・久志君、浦和レッズに内定したって。あ、でも決まったの最近だから、お姉さんイギリス行ったりして忙しかったからじゃないですか?」
香織ちゃんは必死にフォローしてくれている。いいのよ。きっとまた、母さんが黙ってたんだ。
それから香織ちゃんと、選手の控え室近くでいろんな話をした。埼玉の久志の学校まで練習を見に行ったりしたことや、試合は欠かさず見に行ってたことなんかも。
「久志君、中学の頃からプロになるって言ってたじゃないですか。その夢が実現して、私も本当に嬉しいんです。」
香織ちゃんは本当に嬉しそうに言う。
久志を、ずっと応援し続けてきた香織ちゃん。自分のことのように久志の夢を語る。
「久志君ね、もっともっと上手くなって、リカルドさんと試合がしたいって言ってましたよ。」
香織ちゃんは笑顔で言う。
「リカルドと?また大きな夢を持ったわねえ。まあ、久志らしいけど。」
私も笑う。でも、今ままで夢を実現させてきた久志だ。もしかすると、いくところまで行くかもしれない。
「リカルドと、久志が対戦したら、私は応援に困るわね。」
私が言うと、香織ちゃんも笑う。そんな夢物語を語っていると、
「香織ー!」
久志がそう言いながら走ってくる。そして私に気づいて、
「げッ、姉ちゃん、来てたのかよ。」
と少し照れたような顔で言う。
「おめでとう。さすがね、1ゴール、2アシスト。かっこよかったよ。」
にっこり言う香織ちゃんに対して、久志は、
「お、おう。ありがと。」
照れている。いつも生意気言ってるけど、こういうところはかわいいよねえ。
久志は学校のみんなと一緒にバスに乗って、会場を後にした。いつも帰る前の少しの時間、香織ちゃんと会うらしい。
「もしかして、私お邪魔だった?」
私が香織ちゃんに聞くと、
「いえ、そんなことないですよ。久志君もお姉さんに来てもらえて、嬉しいんですよ。」
と笑いながら言う。この子は大人だなあ。
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