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magi「うたかたの夢」
七海の覇王
目の前には楽しそうに話すシンさん、隣には勢いよく食べ物を口に詰め込んでいるアラジンくんとモルジアナさんがいる。部下の人達にも名前を聞こうと思ったのだが、私が着いたときには既に席が用意され、二人は後ろの方へ控えていたため、話し掛けるのも憚られた。軽く会釈だけはしたものの、こういった礼儀作法はよくわからないので失礼になっていないか少し心配だった。
隣の二人はあまりにたくさん詰め込むものだから、その頬がリスのように膨らんでしまっていてかわいらしい。無口で大人びて見えたモルジアナさんも、年相応に幼いところがあるのだと思うと何故かおかしかった。
きゅっと引き結んだ口を滅多に変えることのないモルジアナさんに、いつもにこにこと笑っているアラジンくん。シンさんもその部下の青年たちも、表情をくるくると変えては見せるけれど、底に在るものは決して覗かせない。今はまだ漠然としか読み取ることが出来ないことけれど、いつかその表情からそんな彼等の考えを汲み取ることができるようになるだろうか。
グラーシャと話したい、と脈絡もなく思った。
「そういえば、君が連れていた鳥はどうしたんだ?」
シンさんが、ふいに思い出したようにそう私に話し掛ける。失礼なことを考えていたのが見抜かれてしまったのだろうか。そんなわけはないと思いながらも、否定しきれないのはきっと、後ろ暗いところがあるせいだ。
「さあ、わかりません。さっき飛んでいってしまいましたから。」
まだ見たいものがあるからと、グラーシャは部屋へ着くなりまた外へと出ていってしまった。だから、彼女に話し掛けることは叶わない。――いや、居たとしても、彼女が今目の前にいる得体の知れない彼等の居る前で声を発したかどうか。道中、押し黙っていたことを考えると怪しかった。
長いとも短いとも言えないこれまでの旅の間、ずっと隣にいて言葉を交わしてきたのに。
彼等の好意にかなり甘えている身であるというのに、そんなことを思ってしまう私がいた。
市へ出て街で見たもの。帰ってきてすぐ離れた彼女。それらが指し示すだろうことを予測してしまったから。
夢とも現とも知れぬ土地で、頼れる人もなく巻き込まれるままに流されてしまうかもしれないという可能性が、怖いのだ。
「心配ではないのかい?」
心配に決まってるでしょう、反射的にそう動こうとする唇を理性が留める。どうにもこの人は苦手だ。気付くと余計なことを言ってしまいそうになる自分がいた。
そもそも心配なのは彼女の身ではないのではないか、そんな思いが過る。我が身可愛さを隠すために彼女を案じるフリをするなんて、狡賢いにも程がある。呆れた嘲笑が浮かびそうで、ゆるゆると頭を振った。
「そのうち帰ってきますから。」
そう言って、ふわりと音がつきそうなくらい綺麗に笑って見せる。彼も、そうか、と朗らかな笑みを浮かべた。
ああ、見透かされてはいないと良いけれど。

器に盛られた香草焼きをまた一口、口へと運んだ。スパイスの効いた魚の味。
この世界、この国では、これが高価なのだ。思う度、視界の隅でここにはないはずのものがちらついた。
美味しい筈の料理も、現実を認識するための味気ない資料として数えられていく。
(割りきりが早いのが取り柄だったのになぁ。)
何をぐるぐると考え込んでいるのだろう。憂えても仕方のないことだと知っているのに。
それでも思考を止める気にはなれなくて、皿の中身をまた口に放り込んだ。咀嚼すると、じわりと旨味が舌に染みる。
むなしい――落とした言葉は誰にも拾われることなく沈んでゆく。


粗方料理が片付いたところで、部下の人達を紹介してもらった。白い青年がジャーファルさん、赤い青年がマスルールさんというらしい。
「マスルールはな、『ファナリス』なのだよ。」
そんなシンさんの言葉に、モルジアナさんが驚いたような反応を見せた。
相変わらず笑顔のまま話すシンドバッドさんとは対照的に、二人はどうもと一言短く言ったきり黙っていて、モルジアナさんは何処と無くそわそわとしている。
隣に座るアラジンくんと一瞬顔を見合わせて、それからモルジアナさんの両手を片方ずつ握って立ち上がった。
この際、さっきまでぐだぐだと考えていたことは脇に避けてしまう。今は、モルジアナさんのことが先だ。
「そんなに気になるなら話してみようよ、モルジアナさん。」
ね?、とアラジンくんに同意を求めてみれば、彼はもうマスルールさんに自己紹介を始めていた。
「……はい、そうですね。」
ありがとうございます、と言いながら彼女はマスルールさんのところへ向かう。私たちに引っ張られてではなく、今度は自分の足で。
思わず弛んだ頬とともに私もまたそちらへ足を向けると、アラジンくんが笛を見せて楽しそうに話していた。
ウーゴくんを紹介するんだろうな、と軽く考えて、それからすぐに思い直す。ここであのサイズは不味い。けれど、声を上げる間もなく彼は笛に口をつけた。巨大な青い腕が二本、笛の先から伸びる。後ろで聞こえた音に振り向けば、ジャーファルさんが飲んでいたお茶を吹き出していた。
無理もないよなぁ、と他人事のような言葉が零れた。


「君もマギなのか!?」
シンさんの顔には、純粋に驚いたというよりも、何処か焦りのようなものが浮かんでいる。胡座をかいたウーゴくんの腕に触れ、興奮冷めやらぬ様子でうわごとのように彼は会話を続ける。
おじさんって一体何者なの、そうアラジンくんが容易く口にした疑問は、私が持っていたものと全く同じものだった。
「俺は…シンドバッドさ。」
ハテナマークを浮かべながら首を傾げるアラジンくんに、シンさん改めシンドバッドさんが大袈裟な身振り手振りで必死に説明を重ねる。ぼんやりとその様子を眺めつつ、私はひとり心中で頷いていた。
(……王様、だったのか。)
字を覚えるために借りた書物にあった。最多迷宮攻略者にして、シンドリアを建国した、七海の覇王。グラーシャ曰く、第一級特異点。
それなら、色々なことに得心がいく。
逃げられない、大きなことに巻き込まれる――そう言った彼女の声を思い出した。
きっと、彼らがその中心になるのだろう。マギやルフについて尋ねるアラジンくんに、まだ見ぬ彼の友人を思う。
そういえば、私は魔法を使えるのだろうかと、唐突に疑問を抱く。グラーシャには一通りの説明を受けたが、その点に関しては特に聞いていなかった。また後で聞いてみようか。

マギと言うのは本当に凄いね、とおだてるようなシンドバッドさんの言葉に、ちりりと首筋に予感めいた何かが走る。一瞬、肩が揺れたことに誰も気付いていなければ良い。彼は、アラジンくんを利用したいのだろう。
「そうだ、そんな凄い君に、ひとつ頼みがあるんだが…」
やはりと思いはするものの、続きを聞くまではと何も言わなかった。ただ、二人のやり取りに神経を傾ける。
「実は今、とある戦いを控えているのだが、俺にはとある事情で…金属器が今、ひとつもないんだ!」
詳細の全くわからない言い方に、呆れて何も言えない。ぼかしたいことがあるにしろ限度があった。
胸を張ってそんなふざけた物言いをするシンドバッドさんの後ろでは、「7つ全部盗まれたんですけどね。」と、ジャーファルさんが主を見る目とは思えない死んだ目をしていた。
「君の力を貸してくれないか?」
シンドバッドさんの声が、辺りに響いた。


(彼への印象は、厄介なひと、の一言につきる。)


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