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magi「うたかたの夢」
市と見世物
翌朝、気持ち良さそうに眠る二人を起こしてしまうのは忍びなく、そっと静かにベッドを抜け出す。荷物が少なくて済むというのはこういうときにも便利だった。
昼の約束には戻る、と書き置きを残して私たちは部屋を後にする。
「朝市ってどれくらい賑わうものなのかな。」
「さつきのところの商業地程ではないけれど、こちらの中ではかなり盛況な方よ。」
「ふぅん。……ところで、何か急に入り用な物なんてあった?」
昨日の夜、年甲斐もなく部屋ではしゃいで他の二人が寝付いたあとグラーシャが急に「明日は朝市に行きたい」と言い出して今に至る。つい最近まで受験生だった身、睡眠時間は短くても問題はあまりなかった。
「んー?思った以上にきな臭い国だったからね。予防線かな。」
「ああ、確かに。ホテルの女給さんの言ってた怪傑とかね。」
アラジンくんは友達その人じゃないだろうと思ってるみたいだけど、可能性は棄てきれない。頭の隅にでも留めておくべきだった。
「そうそう。朝からというのも悪いかと思ったんだけどね、備え有れば憂いなしって言葉もあることだし。」
「確かに。それで、何を買う?やっぱり食品とか医薬品とか辺りかな。それなら先に売っちゃう?」
「そうね……とりあえずは薬品関係を優先して、換金は控えた方が良い様よ。ここの紙幣は紙になりやすそうだから。」
「貨幣制度がまだ整備仕切れてないとか?」
「それもあるわ。この世界はまだまだ金本位制なの。紙幣は基本的にその国や団体独自のものでしょう?それなのにここでは価値の定まらない外国製の紙幣を使っている。大損する可能性がかなり高いわ。とどめにこの情勢ね。」
街の至るところに政府や高官を罵る言葉がひしめいていた。シンさんの言っていた通り、かなり不安定なようだった。
その根源が貧困であるのなら。
数週間前まで必死に頭に詰め込んでいた政経の教科書を思い出す。まさか、こんな形で役に立つ日がくるとは思ってもみなかった。
しかし、それならそれでどうするべきか。先立つものが無ければ買い物など出来ないというのに。私の手元にあるのは、財宝ばかりで、お金そのものではない。
そう思っていると、見透かしたようにグラーシャはこう取りなした。
「とりあえずさつきが心配する必要はないわよ。ここの基軸紙幣を手に入れる方法はあるし。」
「え?働き口でも探すの?こんなとこじゃすぐ埋まりそうだよ。」
職の無くなった人が大量にいる中で、こんなひ弱そうで素性も知れない女を雇うなんてまずないだろう。
自分で考えていて悲しくなるが、それが現状だった。
「何を考えてるかは大体分かるけど、それは違うわ。時間はちょっとかかるけど、小銭稼ぎくらいはすぐできるよ。」
ま、そのうちわかるよ、と彼女は小さく笑ってそれから先、その方法について触れることはなかった。
「そういえば、ここの医療水準ってどうなのかな?」
「科学でみるならかなり低いわ。それこそ君の所で言うなら文明開化以前の民間に毛が生えた程度ね。魔法での補助や治療があるからまだましだけど、それでも戦前レベルかな。」
「それって、だいぶ不味くない?」
「こっちではそれが普通だからね。マズイもまずくないもないよ。ただ受け入れて、発展していくだけだよ。まあ、さつきは気を付けた方が良いだろうけど。」
市についてもそうやってだらだらと話続けていたせいだろう。大量の視線が注がれていることに気付いたのは見知らぬ女性に話しかけられてからだった。
「ねえ、あんた見ない顔だけど、旅芸人か何かなのかい?」
「……は?」
「人の言葉を話す鳥なんて初めて見たよ。凄いもんだね。」
言われて漸く、事態を認識する。
(グラーシャが言いたかったのはこれか。)

「お金稼ぎって芸をするの?私そんなのやったことないよ。」
先程の女性から煙に撒くように口八丁で逃げたあと、買い物を手持ちで済ませる。
往来を帰るなか、少し声を抑えてグラーシャに話し掛けた。
「私が話すっていうのは当たり。話すだけって言うのも有りね。でもその場合、集まるとは限らない……というわけで、今回は適当に辻占でもしましょう。会話も出来るし、自分で言うのもなんだけど、それっぽいことを言うのは得意なの。客寄せはさつきがお願いね。」
成る程とひとつ呟いて、それから足を止めて声を上げた。


私たちはそれから2時間ほどだろうか、もう少し長かった気もするが、屋台の並ぶ一画で身一つで少女達の話を聞いていた。
初めは喋る鳥が単に珍しかったのだろう。しかし、端的に言葉を返す様子をみて、人が群がるように集まってきた。
きちんと列を成しているのは女性ばかりで、それ以外の見物人にはおひねりを飛ばすものまで出てくる始末だ。なにが何やらよくわからないことになっている。
盛況な様子を見るに、占い事を他人に知られたくはないだろうと考えていたのはどうやら杞憂らしかった。
「さて、今日は申し訳ないのですがこれにてお暇させて頂きますね。」
列がある程度捌けたところでそう言って、売上を纏めてポケットに突っ込んだ。
「また数日のうちにきますので、よろしければいらしてください。」
こう言えば不満も出にくいだろうというグラーシャの入れ知恵だ。渋っていた人も道を空けてくれた。

道々露店を冷やかしながら、気になっていたことを尋ねる。
「ここって娯楽少ないの?」
「今、バルバッドに来ようなんて物好きは少ないからね。庶民的なものは廃れる一方でしょう。」
貴族階級なら別でしょうけど、と彼女は言い捨てる。
その様子に、ここは違うところなのだ、と強く思った。
「とりあえず、今日のところはホテルに戻ろうか。」
くだらない考えを振り払うように明るく言って、なんの意味もないまま走り出した。


(帰ったら、皆で。)


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