magi「うたかたの夢」 青い少年、赤い少女 「今日はここで宿を取りましょうか。」 夕方、もう日が見えなくなりそうなくらいになって漸く、家が見えてきた。 「疲れた……」 道なき道をひたすら進む。それがこんなにきついとは思わなかった。見通しが甘かったと言わざるを得ない。 「もう根をあげるの?」 腕の中で歌うように言うのはフクロウに良く似た鳥。首もとに丸い宝石が埋まっている。 グラーシャだ。 (不思議世界だなあ、やっぱり。) 宿を探しながら、迷宮を出発したときからのことを思い出した。 ―――― 「外で姿を保つには莫大な魔力がいるのよ。人形なら尚更でそれには足りないけれど、この石はそのための道具だから。これでさつきと外でも話せるわ。」 そう言って、彼女は右袖のボタンに口づける。淡い光と共に、校章が消え、代わりに八亡星が浮かび上がる。 「これには私の力が宿ることになる。長く身につけてきた金属はこれくらいのようだから。さつきが本当に力を欲したとき、これは君を助けるはずよ。」 ぱちん、と泡が弾けるような音がすると、そこは生い茂る森の只中だった。 辺りを見回してもグラーシャの姿が見当たらない。焦っていると、上から音もなく飛んできた鳥が行った。 「さあ、行きましょう。」 それは紛れもなく彼女の声で。 驚く私を見て、グラーシャは静かに笑った。 ―――― 今日の道のりは、本当に、歩くというよりも障害物競争をぶっ続けでしていたというのが近かった。宿を見つけて休めるか、と思ったのだがグラーシャの一声でそれも無くなった。 「宿は基本的に前払い式よ。」 なるほど、言われてみればその通りで、私たちは台帳に名前を書いて予約し、すぐ宿を出た。宝石商を探しだして一番安そうな物を換金したのだが、それですら金貨数枚に相当するらしい。中身全てを考えると背筋が冷える心地がした。 こっちは普通の高校生なのだ。そんな大金、もつ機会などそうそうあったものではなかった。 それから宿で食事を取り、今に至る。 (ベッドがこんなに嬉しいなんて……) 細々としたことを終えて寝転がるのが、こんなに幸せなことだとは。寝ることは好きだったけれど、今までここまで身に染みる思いはしなかった。 「明日は起きたら、隊商に加えて貰えるよう頼みましょう。時間があれば買い物もね。」 グラーシャの声が遠い。曖昧に返事をする向こうで、お疲れさま、と聞こえた気がした。 翌日のこと、バルバット付近までは行かないものの、そちらへ行く隊のところまでは連れていける、という気のいいキャラバンに運良く同行させてもらうことになった。皆楽しい人だったが、そこは流石の商売人というべきか、料金はきっちりとるらしい。いくらかお釣りが出ると言うのでついでに上から羽織る外套と厚手の手袋を買った。砂や日差しがきついのと、グラーシャの爪が刺さることがわかったからだ。これで、彼女を抱えずに肩や腕に乗せられる。 「あそこのやつらがそれさ。今はちょっとばかり取り込み中だが、じき終わるだろう。」 一段落したら聞いてくると良い、と指し示された先では傭兵らしき集団に囲まれた人達が見えた。 「それじゃ、また縁が有ればな。」 バシバシと背を叩かれてすぐに別れる。後腐れ、なんて言葉と対極にあるような様子だった。 それから謎の騒ぎが起きていたらしいが、グラーシャは「行かない方が良い」という。それに従って、私たちはしばらくの間後方で座って待っていた。 「内紛があるから、国内には入らない。近くは通るんだが。それでも良いか?」 同行させてもらおうと聞いて見れば、どうやら直接行くわけではないらしい。 野宿か、と思わないでもないが。 「いえ、十分です。飛び入りを許可して頂いてありがとうございます。それではよろしくお願いしますね。」 頭を下げると、隊長がおーい!と大声で誰かを呼ぶ。 「こいつらもバルバットへ行くそうだ。」 そう言って紹介されたのは青い髪にターバンと笛、赤い髪と同じ色の目がそれぞれ印象深い少年と少女だった。 「ま、少しの間だが楽しくやろうぜ!」 ばんっと背中を叩かれて少し噎せる。肩の上では何故かグラーシャが黙りこくっていて、青い少年はじっとそちらを見ていた。 彼らはなんと、奴隷にされるところを逃げてきたらしい。顔だけ合わせてすぐに始まった宴の折りにそんなことを聞いた。 末恐ろしい世界だ。もし私がそうなっていたら。思わず身震いする。 「私は東雲さつき。この子はグラーシャ、私のお友達よ。バルバットまで、よろしくね。」 笑って手を出せば、ぎゅっと握られる。青い少年は眩しいくらいの笑顔だ。 「こちらこそよろしくね!僕はアラジン。友達のウーゴくんと一緒に、人探しにいくところなんだ!」 「モルジアナです。」 赤い少女は素っ気なく言うが、握手はしてくれた。 (これは、どうなんだろう……?) 礼儀としてなのか、仲良くしても良いのか。 「それでね、さつきおねえさん!」 アラジンくんの呼び方がくすぐったい。弟が出来たらこんな感じなのだろうか。 「その袖のマーク、触ってもいいかい?」 「いいえ、マギよ。それには及びません。」 グラーシャが肩から下りて、地面で鳥とは思えない器用さで胸に手をあて頭を下げる。 「私は自由と叡知より作られたジン、グラーシャです。正式な契約を為していないのでこのような形でここにいますが、既にここにいるさつきと契約の約定を交わしております。」 そんな名乗りをあげる彼女に驚いていると、アラジンくんの笛がもぞもぞと動き出す。今度はなんだ、と身構えれば、青い首なしの巨人が出現した。飛び立ったグラーシャと巨人が謎のジェスチャーで会話しているらしい。 (え、なにこれ。どうなってるの。) 呆気に取られる私を正気に戻したのはアラジンくんだった。 「彼がウーゴくん。僕の大切な友達なんだ!仲間のジンを探してるのさ。」 満面の笑顔で嬉しそうに言う彼に、こちらも笑みがこぼれる。 「それで、おねえさんとあの人も友達なんだね。」 後ろに略されたのはきっと、主従ではなく、ということだろう。一緒迷って、それでもしっかりと頷く。 「ええ、私の大切な友人よ。」 そっか、と至極満足気に吐き出した彼の表情は、とても年下とは思えないくらい慈愛に満ちていた。 (不思議な出会いは、ルフの導きだと彼は言った。) [*前へ] [戻る] |