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magi「うたかたの夢」
ゆめかうつつか
あれから何日か、私は「迷宮」と呼ばれる場所に滞在した。
「外に出るまでにいくつか教えたいことがあるの。」
契約しないのなら、とグラーシャというジンに言われて、この世界についての基本的なことを教わる。
曰く、私の出身に比べて危険なことが多いらしく、身体は最低限鍛えた方が良い、と何度も言われた。
(薙刀の稽古、忘れてないと良いけど)
そう思いつつうろ覚えで寝る前に振り回していたら、グラーシャが指導してくれると言う。ありがたいことだ。

そして、教えてもらった中でも一番驚いたのは魔法というものがあることだった。しかもかなり発達しているという。
積み上げられた本や実験器具の大半は彼女がその研究をするためのものらしかった。

「さて、このくらいかしらね。少し休んで、お昼頃に出ましょうか。」
「うん。色々とありがとね。」
「それが私の役目だもの。」
にこりと微笑む姿はあどけない子供にしか見えない。……かなり中性的で、私は未だに男女どちらかわかっていなかった。聞くのも憚られて、話し方から一応彼女と呼んでいる。

そして、ふと思い出す。
「ねえ、言葉って通じるの……?」
今更と言えば今更過ぎる質問だった。
グラーシャとはなんなく話せていたから放っていたが、書き文字は明らかに違った。もし言葉がちがうとなると、まだ時間がいる。覚えるまでの期間を考えると気が遠くなりそうだった。
「ああ、それなら大丈夫よ。これを。」
つけてみて、と手渡されたのは銀のイヤリングだ。平たい指輪のような形で、表は何もなく、裏側に細かく模様が刻まれている。
左耳につけると、一瞬ピリッとした電気のような感覚が走った。
「これは……?」
「ソロモンの指輪ならぬ、ソロモンのイヤリングよ。知ってる?」
それは有名な、私の世界の逸話だった。最もそれは指輪だったが。
「動物と話せるっていう、アレ?」
「そう。とは言っても、これは人の言葉限定。要するに自動翻訳機ってところかしら。君のいう通り、あちらとこちらで言語は違うのよ。
ああ、それと。外そうとしない限り外れないようになってるから、安心して良いよ。」
「凄いのね。」
それは純粋に有り難かった。
頭の片隅で、都合の良い夢だ、と嘲笑うような声がするのを意識しないようにする。
私は、未だ何処か夢うつつの判断を下せていないところがあった。
(八割方、現実のようだとは思うのだけど。)
眠気も食欲も痛覚も、あちらにいた頃となんら変わらない。紙や石、初めてみる金属類の感触もリアルだった。

「それと、これも。持っていきたいものをつめると良いわ。」
差し出されたのはくすんだ緑をしたウエストポーチだった。留め具の上に南京錠の飾りがついている他は何も特徴がない。サイズは財布と携帯を入れたらそれだけでいっぱいになってしまいそうなくらいに小さかった。
そんな困惑が顔に出ていたのだろう。グラーシャはくすりと笑うと飾りの錠前に鍵を差し込んで回した。
(飾りじゃなくてほんとの鍵だったんだ……)
どれだけ重要なものを入れろと言うのか。
開けて見せられた中は、銀色の何かがぐるぐると渦巻いていた。これは魔法具、というものらしい。こちらにきて数日、不思議なものにはまだ慣れきっていなかった。
「見ての通り魔法具の一種でね、持ち主の好きなものを好きなだけ入れられるの。仕組みとしては異空間に金庫を作って、それを取り出す窓口って感じかしら。厳密には持ち歩くわけじゃないのだけど、似たようなものね。」
そう言って、彼女は私のカバンと、そこらに置かれた本や財宝を無造作にその中に放り込んだ。かなり雑な扱いだが中で痛んだりしないだろうか、なんて疑問が過る。しかしそれもすぐに解決した。
「取り出したい時は、こうやって手を入れて願えば良いの。例えば……ほら。」
出てきたのは先程入れたカバンと、傷ひとつない金細工だった。どうなっているかはわからないがぐちゃぐちゃになることはなさそうだ。さすが魔法、便利である。
「今日の昼に出るまでにグラーシャが好きなだけ入れておいてよ。私は持ってきたやつと着替えさえ有れば良いし。あ、あとは食料もいるか。」
着替えというのは着てきたセーラー服ではなく(それは今きている)、寝間着として借りたゆるいワンピースのことだ。グラーシャ曰く、自分に必要ないからそれ以外持っていなかったらしい。一着でも嬉しいから気にしなくて良いのに。
「あら、欲がないのね。」
くすくすと笑われて、思わずムッとする。価値がよくわからないのだから仕方ない。それに加えて、まだくるかもしれない誰かが欲しいと言うのなら、私には必要ないものなのだから残しておけば良いと思ったのだ。
「私達が出れば、この迷宮は消えるのよ。ここにあるものも全て一緒に。」
「え。」
事も無げに言うけれど、初耳なんですが。というより。
「勿体無いから片っ端から全部入れても大丈夫?」
「あら、今度は強欲ね。でも私、そういうの好きよ。」
じゃあ全部入れましょう、と彼女が指を鳴らすと部屋のものが全て吸い込まれていく。棚や椅子、テーブルのような調度品までいっしょくたにされる様子は圧巻だった。
全てがポーチに収まると、独りでに口が閉じる。
「はい、鍵は君が閉めて。そうしたら以後これの持ち主はさつきだよ。鍵は無くすと大変だから首にでもかけて、片時もはなさないようにした方が安全かな。」
カシャン、と小気味良い音がした。鍵は言われた通りに紐に通して首へかけて、ベルトの代わりにウエストポーチを下げる。あれだけいれたという重さは感じられなかった。
(あの説明の様子じゃ当然か。)

「旅をするって決めたは良いけど最初は何処へ行くの?」
「気の向くまま……と言いたいところだけれど、バルバットかしら。ここから移動するなら何処へ行くにしろバルバットから船で行くのが一番早いわ。」
「バルバット…というと、島がたくさんある?」
「そうそう。ここは大陸だから城下町に行くわ。治安が悪くなってるらしいからかなり気をつけないといけないけれど。」
「うん、気をつける。」
最初からハードルは高そうだ。

(夢か現実か、まだ見極めきれていない私には。)


最初の目的地:バルバット


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あきゅろす。
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