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magi「うたかたの夢」
朝焼けを待つ
 そうして、長い、長い夜が始まった。
 千と一つの夜語り、お伽噺のような少年の思い出が取り沙汰される、とても長い夜。心優しい少年の、何かを為そうとしている青年のこれまでを私達はただ静かに聞いた。
 月明かりに照らされた明るい金の髪に対して、その瞳はひどく昏い。己の出自を話す彼は眉根を寄せて、自らの傷を撫ぜるような顔をしていた。荒れた国を憂う姿は、きっとお伽噺の良いおうじさまそのものだというのに、彼はどこまでもつらそうだった。
 語るうち白熱していくアリババくんを止め、問いただす青の眼はただ凪いでいて。
「ねえ、もしそれでも上手くいかなかったらどうするんだい」
 とても悲しいことが起きる気がするんだ――そう告げる姿はどこかの聖者によく似ていた。部屋の隅に立ったまま、私は静かに息をつく。ごん、と彼が手にした杖が頭蓋にぶつかって鈍い音がした。
 まるで美しく誂えられた舞台にも似たこの輪のすぐそばに、招かれてしまったのはどうしてだろう。

 これはかつて触れていた世界では随分と遠くなってしまった話だ。どこか遠い国の、遥か昔に伝え聞くことしかない類の。君は普通なんかじゃないと特別をうたう声を聞いたあの日から、私はずっとそんな場所に尻込みしている。腹を決めたと思ったばかりなのに、こんなにも決意は脆かった。目の前で今、何か、大変なことが起きようとしている。それは多分国をひとつ動かすような、そういう事柄だ。
 やっぱり、泣きたくなるほどの場違いだ。

 あまりにもスケールが違い過ぎて、目がちかちかする。
 
 アラジンくんからアリババくんへ。差し出された手とやわらかな言葉に荒れた手が合わさって――刹那、宿の壁が崩れ落ちた。
 星の美しい夜の街を背景に、特徴的なドレッドヘアが風でなびく。
「よう、待たせたな。助けに来たぜ」
 相棒、という青年の呼びかけがいやに哀しく聞こえたのは奥病のなせるわざだったのかもしれない。

 それから後のことは、あんまりにも慌ただしくて、私の出る幕なんててんでなかったということだけ言えば良いだろう。いや、そもそもがそんなもの、はじめからずっと無かったのだ。あるような気がしたのはほんの一時の気の迷い、アラジンくんたちの優しさによる錯覚だ。良く出来た絵画が人を飲み込んでしまうような、そういう世界の在り方だった。
 なんとなく、足をとめたまま流れに身を任せる。
霧の団のホテル襲撃からシンドバッド王が加入を宣言するまで、口を挟む間もなく話は進んだ。置いてきぼりの一般客のようなものなのに、渦中のアリババくんたちの近くにいるので団員に捕まることもなく、けれど何をすることも出来ぬまま時間だけが過ぎていく。
 隣の部屋にいたらしいシンドバッドさんたちの右耳周りの赤いあとは何だったのか、気になりはしてもとても問い正せる空気ではなく。アリババくんが捕まった辺りで握りしめていた長刀の柄は、それだけで何を為せるものでもない。
 ジャーファルさんとシンドバッドさんの掛け合いはなかなかに見もので、重苦しい空気はたちまち霧散した。頭を抱えて「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの顔をしたジャーファルさんに心底同情しながら、王の沙汰を待つ。

 閉ざしたままの唇がすっかり乾くころ、私はひとりの観客として、恐らく夜明けが近いだろうことを知っていた。

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