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magi「うたかたの夢」
カルテット・オア
どうやら私はアラジンくん達の帰りを待ちきれずに寝てしまったらしい。
机に向かい書物を広げて彼等を待っていたいたという記憶が正しければ、現在の位置まで運んでくれたのは恐らくモルジアナさんだ。丁寧に肩まできっちりと布団がかけられているのを見て、悪いことをしてしまったと思う。昨日のことを考えるのならばなおのことだ。きっと彼等はとても疲れていて、それは早晩解消されるようなものではない。うなされている様にも見える苦い顔で、それでも私が目覚めたことに気付かないくらいには。
まぁ本当のところ、彼女達は気付いていないわけではないのかもしれない。私が身動ぎする度に、彼等はぴくりと一度、耳を動かすのだから。
それでも固く閉じた目を開くことがないのは、どこかで思考を拒みたいのか、気を使ってくれているのか。どちらにせよ、開かない目蓋に対して私が通せる礼儀は知らぬ振りをし続けることだった。
旅は道連れの言葉のままに束の間同席しただけの、友人と呼ぶには未だ幼く淡い、名状し難いこの関係で口を挟むのは、余りに差し出がましく思えて。年下だからと面倒を見る年長者のように振る舞ってみても、それはどうにも不似合いで滑稽にみえた。
好き嫌いがどうこうとかいう問題ではなく、要はどこで線を引くかという話だ。外側から眺めるだけの人間が、他人の心中に土足で踏み込むような真似はしたくなかった。例えただのエゴだと言われても、感情としては正しい行為だった。
ぼんやりと部屋を見渡して、グラーシャが見当たらないことに気付く。束縛し合うような関係ではないのだから、恐らくまた一人でこの辺りを飛びでもしているのだろう。アラジンくんと二人、空を飛ぶのは良いものだと意気投合していたこともあった。思い出すもつくづく可笑しな光景だった。
そうして考えるうちまた視線を戻してすぐ見えるのは、悩ましげに眠る少年と少女だ。その気落ちしている度合いに差があるとすれば、それは多分アラジンくんの方が高いのだと思う。経験の差からくる類いのものは幼い時ほど如実に現れやすく、どれほどの規格外であれそういった点においては同じだった。私のもつ常識がここでは非常識になりやすいといえ、根本的に人は変わらないのかもしれない。前提条件分以上の違いは、これまでのところ見つけられていなかった。これから先見つけたいかと問われればそれも怪しい。どっち付かずのまま、振り子はゆらゆらと揺れ続けていた。

数日立っても改善されないようならこちらから少しは動こう。
段々と覚醒へ向かう頭でそう決めて、向かう先は宿の提供者の部屋だ。出来る範囲でなら話はしてくれるだろう。全くしないというならそれもひとつの成果だ。話せないことがあったと明言したも同然の素振りをあの喰えない人達がするとはどうにも思い辛かったけれど、同室の二人が気に掛かるというのも事実だった。
それにカシムくんのこともある。昨日出会ったばかりではあるが、彼のことがどうにも引っかかっていた。原因も結果も明らかなことで、実際会って見たのがそのままのようなのに。
微かに感じる違和感。ストレート過ぎて疑心に駆られているだけなら良い。杞憂は過ぎれば単に笑い話として引き出しの奥へ埋もれていく。あったかもしれないifの話。それは何の役にも立たない代わり、何の問題も起こさない。
長く続く廊下と階段の再奥、今借りれる中で恐らく最高の部屋だ。ノックをしようとして、けれどそれは叶うことがなかった。
前に立つと同時に、音も立てずに扉が開かれたからだ。目をやってすぐに視界に入ったのは、平素通りに笑みを浮かべた主従の姿だった。
「ありがとうございます、マスルールさん。……みなさんおはようございます。朝早くから申し訳ないとは思ったのですが」
憔悴した彼らに聞く勇気はなかったと、言外の思いはきっと汲み取られている。扉を開けてくれたマスルールさんにお礼を言って、地図や書類らしき紙を広げる二人に頭を下げた。
「ああ、おはよう、さつき。来ると思っていたよ」
「昨日の騒ぎはここまで聞こえていましたからね」
私の記憶にある昨晩の富裕層の住宅地がある辺りの方では、ずっと赤々とした火が上がっていた。そちらに人が集まっていたのも幸いしたのか、物騒な目に合うことはなかった。火事は広がれば自身にまで被害が及ぶ災害だ。どれほど嫌いで憎んでいるとしても、境目には人が集まり、残りは少しでも遠くへと避難する。治安が悪くなるのは沈静化し始めるあたりからが多く、これからまた人が駆り出されりのだろう。瓦礫の撤去などやることは山積みだ。目の前に積まれた紙を見ながらそう聞けば、ああ、と彼は頷いた。
「一度物資の調達と準備のために寄ったんだ。すぐにまた出る。それにいくらマギやファナリスだからと言っても、やはり子供だ。仮眠くらい取らせろとジャーファルが煩くてな」
「当たり前でしょう。子供を夜通し働かせるなど私の目が届く範囲では絶対にさせませんよ」
きっぱりと言い切る彼はやはり子供に甘いらしい。
「それで、被害の状況は聞いても構いませんか?」
「もちろんだよ。寧ろ此方から報告しなくてはと思っていたところだ。
……予想はしているだろうが、怪我人は重軽傷様々に出ている。どちらにも死者はないのは幸いだったんだがな。ただ、盗品や建築物への被害額はまだ分かっていない。これからは霧の団探しはもちろん、修繕と治安維持のためにも動かなくてはならなくなった」
人手が足りないから協力しろと言われているようなものだった。だが、何故彼らがそこまで国に加担するのか分からないうちに簡単に頷いてしまうのは不味い。何せ当の盗賊団に声をかけられているのだから。
けれどそれを彼らに話すよりも先に、まずはアラジンくんにアリババくんと出会えたのか、話をしたのかを聞かなければいけない。そして、出来れば私の見た彼についても伝えなければ。
そうでなくては筋が通らないというものだった。
「状況はあまり良くないようですね」
「ああ、だいぶ荒れているよ。貴族街はまだ大丈夫だがそれ以外へ行くなら用心しておいた方が良い」
「はい。……それで、怪我人の手当ては何処で?」
「広場に簡易のテントを設置している。貴族は邸宅を貸したがらないからな」
「力仕事では役に立ちませんし、私はそちらに向かいたいと思います」
盗賊探しに協力しろと言われる前に別の作業に向かえば余計な詮索は受けないだろうと思って、恐らく皆が回らないと思われる手当てに回ることにした。案の定ジャーファルさんが少しばかり指示に関わる程度だと言われた。他国の人間が口を出すのもあまり良くないんだがという彼の言葉を聞く限り、この国は相当に危うい橋を渡っている真っ最中らしい。
「助かるよ」
「いえ。部屋の二人は任せて構いませんか?」
「ああ、彼等には出来れば引き続き俺達と行動してもらおうと思っている。安心して任せてくれ」
自信に溢れた笑みは例え根拠がなくとも人を安心させる。教えてくれたことに礼を言って退出しようとすると、シンドバッドさんがふと思い出したように私の名前を呼んだ。
「結局、君たちと彼等はどういう関係なんだい?」
ぎくりと背が強張ったのは気の迷いが感じさせた錯覚だと思いたかった。
シンドバッドさんは明確に、アラジンくんとモルジアナさん、私とグラーシャにわけているようだった。目的はそれぞれバラバラだとわかっているにも関わらず、個人ではなく異なる二組に。判断した要素は役に立つかそうでないか等と易しいものではあるまい。
「旅は道連れ世は情け、ですかね」
答えになっていないことは重々承知で、けれど私はそれ以上の答えを持ち合わせていなかった。薄っぺらで嘘臭い笑顔にはヒビが入ったようで、つまらない中身が透けて見える。
引き留めて悪かったな、と言った彼もまた仮面のように完璧な笑顔を貼り付けていた。

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