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magi「うたかたの夢」
霧の団
「霧の団を……?」
「そう。俺たちで捕まえるんだ」
盗賊集団『霧の団』を捕まえてほしい。効果音が付きそうなくらいの勢いで提案されたのはそんなことだった。
子供に無理はさせられない、とジャーファルさんが私達の前に立って言い募る。しかしそれもシンドバッドさんに笑顔で一蹴された。
「一番肝心なのは盗賊に相対する力があるかないかだ」
熱弁を振るう彼の目に映るのは、過去の経験だろうか。
必要なのは能力だと、そう胸を張って言うシンドバッドさんに、ジャーファルさんはぐっと押し黙った。
恐らく、彼自身もその口なのだろう。
年若いとまでは行かなくとも、老成には未だ程遠い王の側近。彼らは青年というに相応しい年齢で、王に仕え始めたのは今より幾分も幼かったに違いない。特殊な環境で育ったのだと言うかもしれないが、それはまた別の者にも当てはまって然るべきことなのだ。
確かにシンドバッドさんは極めて特別な存在で、その近くにいるジャーファルさんやマスルールさんも、他とは違うという自負に似たものを持っているのだろう。そしてそれは事実に裏打ちされているはずだ。
けれど多分、それさえ軽く凌駕する程に、アラジンくんは異質だった。
それは、余所者にすら世界から浮いた存在に見える程に。いや、もしかすると、居場所のない滞在者だからこそ見えるのかもしれないが。
どちらにせよ、関わる度、その印象はより深くなっていく。


結局二人は、モルジアナさんの発案で彼らに協力することになった。国の伝を使って探し人の情報を集めるらしい。年に似合わずというのは失礼になるかもしれないけれど、彼女は聡明だ。
必要なのは能力――シンドバッドさんの言葉には確かに一理ある。だがそれはあくまでアラジンくんとモルジアナさんについてだ。もしかすると、グラーシャも場合によっては戦力になるかもしれない。
彼らは役に立つ。だからこそ、その言葉は意味を持った。
けれど、私は。
「話の腰を折るようで悪いんですが、私は参加出来ません。足手まといになりそうですから」
同じように意をなすためには力がいる。しかし当然、私にそんなものがある筈もなかった。
「ああ、勿論だとも。モルジアナもさつきも、女の子に無理はさせられないからね。二人はホテルで待っていると良い」
それで問題はない。ただし、私に関して言うのであれば。
(まぁ、見た目からは想像出来ないから、そうなるとは思ってたけど)
隣に立つ少女はあまりに幼く華奢に見える。目線より幾分低い位置にある頭頂も、その印象を助長するのだろう。
けれど、それらは本質を覆う幕でしかなかった。
ファナリスという種族。それが意味するところを知ったのは、彼女の少ない言葉の端とジンの知識からだった。曰く、最強の戦闘民族。あまり多くを語らないのも、その出地が関係するのか。それはわからなかったけれど、身体能力は一概に桁外れの高さを誇るという。それゆえこの不安定な世では高値で取引される等々、その他胸の悪くなることと重ねて平然とグラーシャの口から語られた。
数週間前なら訳もわからず笑って切り捨てただろう、夢想のような話だ。けれど、ここではそれが現実なのだ。一笑に伏してしまうような、造り物語に似たモノが。
私も戦います、そうおずおずと切り出した彼女を軽くあしらってシンドバッドさんはぐいぐいと私達の背を押した。
(……怒るだろうな)
そう思って横に目をやった、その直後。ズダン!とあまり宜しくない音がする。
床は、そんなにも柔らかい素材で出来ていただろうか。大理石に見えたそれは、彼女の足をヒビの中に飲み込んでいた。細かい欠片が、周りで日を反射している。
むすりと頬を膨らませている様は、それだけ見ている分にはかわいらしかった。
「私も戦います!目的のために、盗賊団をいくつだろうとしとめる覚悟です」
次いでアラジンくんの声がそののんびりとした口調に合わない内容を紡ぐ。
勇ましく、そして不機嫌に言い放った彼女の剣幕に押されたのか、乾いた笑いが空へ落ちた。


作戦会議とやらが終わった後、夕刻のエントランスで皆を見送る。
シンドバッドさんの部屋で行われたそれには参加せず、私はその間一人部屋で書物を拡げていた。大方、もしも何かあった時に漏れては不味いとか、そういうことだったのだろう。二人を任せてしまうことに心配がなかったと言えば嘘になるが、身分も目的も一応は明かされたのだし、子供であると考慮してくれた人もいるのだからと、気にしないことにしたのだ。
「それでは、貴女はここで待っていてください」
「ああ、ホテルでゆっくりしていると良い」
「万が一出かけることがあって、無茶はしないでくださいね」
「それじゃあ、僕たちは行ってくるよ」
上から順に、モルジアナさん、シンドバッドさん、ジャーファルさん、アラジンくんの言葉だ。例によってマスルールさんは黙ったままだったけれど、彼はその大きな手で頭をくしゃりと撫でてから出ていった。
「怪我をしないよう気をつけて」
そんなありきたりな台詞しか出てこない自分に嫌気が指した。もう少しでも気のきいたことが言えれば良いのに、と。
別段、彼等を侮っているというわけではない。むしろ皆、腕は相当立つと思っているし、只の盗賊団相手なら不覚を取る可能性は低いだろう。
それでも不安なのは、探し人の件があるからだった。
違う人で有れば良い――そう思いはするものの、考えれば考える程に奇妙な符合がちらつく。
(現れた時期が、出来過ぎている)
チーシャンでの冒険とその後の話から推測される人柄、義賊行為が始まったこと、不思議な武器を使うこと……昼間に聞いた噂が甦る。
本来なら、出会うことなどなかった筈の人、関わることなどなかった筈の出来事だ。無視するのは容易いと、心の何処かで告げる声がする。けれど、やはり放って置けなかった。それは多分、寝覚めが悪いとか、その程度の関心でしかない。
夢であれ、知り合いの、自分より幼い子供が傷付く様は見たくない――そんな私のエゴをそのまま写したのがあの言葉だった。

「さて、私はどうするべきかな」
憂鬱な方向へ走りがちになっている思考を振り払おうと、わざと明るい声を上げる。独り言を言うなんて寂しい奴だな、なんて不意に可笑しさが込み上げてきた。
「一人でなにを笑っているの?」
窓の外からした声に顔をあげれば、弧を描く瞳と目が合う。
「ああ、グラーシャ。おかえりなさい」
「ただいま。――ねぇ、さつき。さっきのは、どうしたいかって言うところよ。べき論なんて、ロクなことにならないわ」
「でも、そういうのが抜けたら社会は成立しないでしょう」
誰も彼もが欲で動けば、社会の均衡など砂上の楼閣に等しい。まして犯罪、下手をすれば国政レベルにまで及ぶ話だ。
「この世界の住人なら、或いはね。異邦人だから何をしても良いという道理はないけれど、多少目を瞑って貰えるのも事実よ。ここでは力がなくては始まらない」
「そんなものなのかな」
「どう感じるかはさつきの自由だけどね。例外も随分多いわ」
「例外?」
「ええ。あのマギもそうだし、あの王もね。彼等も普通ではないから。他の例外は、そうね、縁が有れば出会うでしょう」
そっか、と短く吐いた息は先程より随分と軽くなっている。どうやら気を遣わせてしまったらしい。
「この国から出るの今は難しいみたいだけど、どれくらいになるかな」
話題を変えようとそういえば、彼女はついと目を伏せた。
「移動拠点に出来ればと思ったのだけど、完全に裏目に出てしまったわね……いつになるかはわからないけれど、様子を見つつ、落ち着いたら出ましょうか。さつきは何処へ行きたい?」
「うーん……実を言うと適当に東か西から順に、くらいしか考えてないんだよね。当分は乗り掛かった船だし、アラジンくん達の人探しを手伝おうかと思ってるんだけど、良いかな?」
少しばかり緊張して提案する。初めに約束した世界を知りたいという願いからは完全に横へ逸れているが、二人のことがどうにも気になったのだ。
「ええ、勿論。全ては我が主の望むままに」
恭しくそう言ってみせる彼女に苦笑が零れ落ちた。相変わらず芝居掛かった物言いが堂に入っている。
「だからそういうのは無しだって言ったでしょ」
そうだったかしら、と悪戯っぽくとぼけたような声を発する姿にふと何かが引っ掛かる。けれどそれも一瞬のことで、次の瞬間にはすぐに掻き消えていた。
「情報を集めるなら何処が良いと思う?」
「定番は酒場ね。こちらでは年齢制限もないし、市でそれとなく聞くよりも余程速い。ネックになるならこの治安かしら」
「やっぱり危ない?」
「まぁ、酔ったバカに捕まることはないわよ。何せ私がいるもの」
意味ありげに微笑んで、彼女は私の肩へと乗りうつる。
「思い立ったが吉日とも言うわ。とりあえず行きましょうか」
「うん」
グラーシャの言葉にこくりとひとつ頷いて、私は足を踏み出した。


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あきゅろす。
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