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『魔王に就職』
先代魔王の命日《3》

・・・・

 ギノン谷は、両を崖の絶壁に挟まれた、細長い溝のような深い峡谷だった。上から何か落ちてきそうで不安。
 しっかし、本当に殺風景。砂色の岩だけ所々に転がっている。生き物の気配がせず、風の音がやけに大きく感じる。空を見上げても、地面と似たような色彩の曇り空。

 少し行くと、崖の中腹辺りに不自然な横穴がいくつか開いているのを見つけた。

「この地に住む魔物の巣です」

 と、ナウラスが説明してくれたが、本当に何かが住んでいるのか疑わしいくらい、シーンと静かで、魔物がたくさん出てくるよりかえって不気味で恐ろしい。

「ここの魔物たちは、見た目は異形で恐ろしい姿をしていますが、こちらから危害を加えない限り、襲ってくることはありません。普段も巣にこもり、滅多に人前には現れないのです」

 そうなんだ。シャイなのかな?
 そう考えれば、この静けさが少しほほえましくもある。

 そしてしばらく歩いていると、先代の墓の前に着いたようだった。

「こちらです」

 と、ナウラスが指し示した所に、ぽっかりと大きな穴が開いていて、中が洞窟のようになっている。この奥に、先代の墓があるらしい。

「足元が濡れていて少し滑りますので、ご注意を」

 と言って、ナウラスが振り返り、手を差し延べてきた。
 掴まれ、ということか? 今更だけど、どんだけ過保護だよ。と、心の中で苦笑する。
 でも、せっかくなのでと素直にその手をとりお姫様のように手を引かれて歩いたことは、正解だった。洞窟の中は本当に滑りやすく、しかもゴツゴツとした大小の石が至るところにあり、暗くて視界が悪いのもあって、初めて来た俺では、きっとどんどん進んでいくナウラスに同じようについていくことはできなかっただろう。

 洞窟は少し歩いたところで行き止まりになっていて、その突き当たりに、小さな祭壇のようなものがあった。

「こちらが、先代魔王のダラス様のお墓です」

 ナウラスが俺の手を離し、墓に向かって一礼した。俺も真似して頭を下げる。

 そしてナウラスは懐から小さな包みを取り出し、中に入っていた青くて小さな丸いろうそくに火をつけ、祭壇に供えた。
 そのまま、祭壇の前で片ひざをつき、無言で祈りを捧げている。
 俺は何をすればいいのか解らなかったけど、とりあえずその後ろで、手を合わせてみた。

 ……先代魔王さん、はじめまして。あなたの後任で魔王をやってるアズマと申します。えーっと、俺は多分あんまり魔王としてちゃんと働けてないと思うけど、このナウラスが本当にとてもよくやってくれてて、魔王城は今のところ安泰ですので、どうぞご安心下さい。これからもどうか、あの世から魔王領地のみんなを見守っていて下さい。……

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