『魔王に就職』
勇者参上。《16》
何度か挑戦したが、しまいには転がった粒が水路に落ちてしまい、小ビンに残った最後の一粒を、思いつめた表情で、じっと見つめるカイリ。
「いや、どうしても、助けたい……」
自分に言い聞かせるように低くつぶやき、カイリは最後の銀色の粒を、自らの口に入れた。
しばらく、唾液で、粒を湿らせて、すぐに飲み込めるようにする。
「……ごめん、シンジさん、ちょっとだけ……貴方を助けるためだから……」
仰向けになっている魔王アズマの上に、覆いかぶさる勇者カイリ。その青ざめた顔にかかる前髪を、丁寧に払い、優しく頬をひと撫でしたあと、ゆっくりと顔を近づける。
緊張で、心なしか鼻から抜ける息が熱く荒くなる。カイリは苦しさに目を細めて、魔王アズマの冷たい唇に、銀色の粒を含んだ自らの唇を寄せた。
……触れた、と思うが早いか、
ギィィィン!!
と、この地下水路中の空気を震わせる程の突然の大きな衝撃に、カイリの身体は数十メートル向こうの壁際に吹き飛ばされた。
あまりのダメージにまともに呼吸もできず、壁にぶつけた頭からは血がタラタラと流れ、……アバラも数本折れているようだ。これは、死ぬ……とカイリは覚悟した。
朦朧とする意識の中で、最後に何が起こったのか確かめようと顔を上げると、魔王アズマを抱き抱え、暗がりに消えていく、白いローブを着た長身の男の後ろ姿が見えた。
ピクリ、と、カイリの右腕が動く。
……シンジさんを、どこへ連れていくつもりだ……
追いかけて、取り戻したかったが、身体が動かない。それでも、最後の力を振り絞り、壁にもたれていた身体をはがし、前のめりにドサリと倒れたまま、……
辺りはまた闇に包まれてしまった……
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