『魔王に就職』
勇者参上。《5》
「ゃ……嫌、だ……」
「グォォォ!! グルルル……! ハァハァ……」
俺が声を出したことで、魔物が更に興奮しだした。ガッと大きく開いた口から、鋭い牙が飛び出す。
「……ひっ……助けて……助けて……!」
ナウラス……!
「グルァ……ッ!?」
……ドカッという音と共に、急に、身体から重みが去った。
「立って! 逃げるよ!!」
グイと腕を引っ張られ、前も後ろもわからぬまま、走る。
当然、すぐに魔物が追いかけてくるが、こちとら命がかかっている。脱兎、とはよく言ったものだ。俺こんなに足速かったっけ?
しばらく走って、魔物の気配も遠ざかり消えてなくなったころ、見つけた小さな空き部屋へ、どちらが先ともなくドタバタとなだれ込んだ。
扉を閉め、追ってこないと確信すると、掴んだ腕もそのままに、2人でヨロヨロと腰を下ろす。
「はぁ……よかった逃げ切れた……。
……大丈夫でしたか?」
俺を引っ張ってくれたその人は、人懐っこそうな笑顔で、ハンカチを出し、俺の首へあて、怪我がないか確かめた。
「……」
助けてくれたんだ、お礼言わなきゃ……。
しかし、足が止まった途端、先程の恐怖がじわじわとよみがえり身体の震えが止まらなくなってしまった俺は、ガチガチと歯も噛み合わず、なかなか言葉を紡ぎ出せない。
「……怖かったんだ……、そうだよね……。
……でも、大丈夫、」
人懐っこい笑顔の男は、俺を安心させるような柔らかい言葉と表情で、そっと俺に近づき、はじめはフワリと、それからギュッと強く、抱きしめてくれた。
「……もう大丈夫だから、」
ブルブルと震える身体に、あたたかく染みていくような優しい声。
「……、ぅ、く……」
気がつけば、俺は男にしがみついて、涙をボロボロ零していた。
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