『魔王に就職』
竜人の卵《8》
「ナ、ナウラス……?」
卵を間に挟んでいるため、顔は見えない。
「……こんなに大きくなってるとは……。
この卵、もういつ孵ってもおかしくありません……」
手を握ったまま、普通に話しはじめた。ど、どうしたんだ、ナウラス。
「アズマ様……」
「は、はいっ」
うー、何か、こんな近いのに顔が見えないって、変なカンジ。
「もし、卵が孵っても、どこにもいかず、ずっとここに、いて下さい……」
キュゥ、と、手首ごと握られる。
その暖かくて嬉しい言葉に、何だか、ジンときて、思わず涙がちょちょぎれそうになった。
「……そ、それはこっちのセリフだっつの。使用済みでポイ捨てされたら泣くぞ、俺」
「……アズマ様を悲しませるようなことはいたしません」
おぉぉ。やばい、何ソレ嬉しいどうしよう。これまでの人生でこんなん言われたことない。感激で、マジうるうるなんだけど。
もう、卵ごしじゃなくて、向こう側行ってナウラスに抱き着いちゃおうかな、と思ったときだった。
ドクン、
と、卵が大きく脈打った。
「! アズマ様、離れて下さい、」
ナウラスが俺の手を引き、立ち上がらせる。
卵が孵るのかもしれない。2人で、少し離れて様子を見守った。
「……」
「……」
「…………」
……しばらくそうしていたが、何も起こらない。
「……まだ、のようですね」
ホッ、とナウラスが緊張を解く。
「びっくりした……」
もう生まれるのかと思った。
新しい命の誕生は喜ばしいけど、やっぱり、まだ心の準備が……。
そんな思いで、無意識に、繋いだままのナウラスの手を強く握ってしまったようだ。同じように握り返されて気付き、はっ、とナウラスを見る。
俺を見て、フワリと優しく微笑むナウラス。
一気に、安心に包まれる。
「……さて、私は夕食までにもうひと仕事してきますね」
ナウラスはそれから、ゆっくりと俺から手を放し、応接間から出ていった。
何だかほんわかした気持ちを持て余してしまった俺は、もう一度卵の側へ行って、子どもの頭を撫でるように優しくひと撫でしてから、部屋を後にした。
<END>
[*前へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!