『魔王に就職』
危険な客人《10》
さーて、客が帰ったはいいけど、どうしてくれるんだ、この空気。
ナウラスは食卓の椅子に座ったまま、険しい顔をしている。美人は怒っても美人だけど、普段がうんと優しい分、何だか別人の様に見えて怖い。
「ナウラス、」
傍に立って小さく呼びかけてみた。
眉間のシワはとれぬまま、若干眉尻を下げ、ゆるやかに見上げてくる。
「……すみません、お見苦しいところを……いえ、それよりキースの劣行を止めることができず……、あぁ、それと、竜人族の件は、隠していたわけでは……、」
まだ頭がグルグルしているのだろう、いつもの落ち着いた喋り方ではなく、上ずった声でまとまらない言葉でしきりに謝る。
正直、次期魔王の件を話しててくれなかったことはちょっと文句を言ってもいいんじゃないかと思っていたが、ナウラスのそんな姿を見たら、可哀相になっちゃって。
「……お疲れ様。今日は疲れたろ、俺のことは気にしないでいいから、もう休めよ」
頭をポンポンと撫でて、努めて笑顔でそう言ってやった。
「アズマ様……その、本当に、すみませんでした……」
……んな泣きそうな顔するなよ。何だか俺がイジメてるみたいじゃないか。
「もう、謝ることないってば。むしろ、ありがとう。あのおまじない、効いたみたいだし。あれなかったら完全にキースにやられてたよ」
「あ……」
ナウラスの頬が染まる。……ん? 何か変なこと言ったっけ、俺。
「それは、よかったです……」
恥ずかしそうにうつむくナウラス。……いやいや、何故そんなに照れる? 訳が解らない。
「本当に、おまじないのつもりだったもので……。魔法とかではなくて、気休め的な、」
「え?」
気休め?
「いや、その……何と言うか、キースなんかではなくて私を……、という想いを込めて見つめただけ、なので……。それがちゃんと通じたのが、嬉しい、というか、えっと、いえ……あの、」
何だか歯切れが悪い。でも言いたいことは何となく解った。多分、キースに見つめられた時に俺がナウラスに注意されたことを思い出すように、同じように目力を使って俺を見つめていただけなんだ。
……でも、ナウラスの今の言い方や態度だと、まるで、よそ見しないで私だけを見て欲しくておまじないをした、っていう風に聞こえちゃう。
「……もういい。解った。俺まで何か恥ずかしくなるから、やめて」
ナウラスって、顔もいいくせに天然でタラシなんだよな。俺が女だったら何度勘違いで惚れてるかって話だ。こーゆーの、罪つくりって言うんだぞ。
「アズマ様?」
顔を見ると照れ臭いから、ナウラスの頭をギュッと腹に抱き抱えた。
「……そんなこと言うんだったら、卵が孵っても、俺のことすぐには捨てないで、ね」
「……誓って、」
おそらくナウラスは無意識だろうが、感情たっぷりの甘い声が腹に低く響いて、うっかり本気でときめきそうだった。……あ、危ない危ない。
まぁそんなこんなでやっと落ち着いてくれたナウラスを、部屋まで送り無理矢理寝床につかせる。今日は絶対疲れてるから、こんな時は何も考えずに早く寝てしまうに限る。例の卵のことについて何か話したそうだったが、明日聞くからと言って、そのままオヤスミの挨拶をして扉を閉めた。
……はぁ。俺も疲れた。さっさと風呂入ってさっさと寝よ。
とんだ客人のせいで、とんだ1日だった……。
<END>
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