『魔王に就職』 魔王中毒(※ナウラス視点)《2》 「……」 ふと、アズマ様の視線が落ち、その顔が曇る。最近、アズマ様は気がつくとよくこういう表情をしている。声をかければすぐにいつもの明るい笑顔に戻るのだが、おひとりでいる時や、日が沈む頃など、無意識なのだろうか、見ているこちらが辛くなるほど暗い表情をする。 原因は、多分、あの日。 ドゥーガへの援軍のため私が城を留守にした日に、起こった出来事のせいだろう。 今でも後悔して止まない。アズマ様をひとり城に残してしまったことを。大怪我もなくご無事だったから良かったものの、後からそのお話を聞けば、あまりに危険すぎて眩暈がしたものだ。 その時に一緒にいたという、自称勇者という青年……、アズマ様はおそらくその青年を想ってこのような浮かない顔をなさるのだろう。 アズマ様を理性のない魔物から救い、地下水路で気絶したアズマ様を水から上げたのもあの青年に違いない。アズマ様の命の恩人だ。……それを、私は…… 何も考えずに、……考えられずに、衝動的に攻撃してしまった。アズマ様に触れるその存在が、許せなかった。 その青年の身を案じて流したアズマ様の涙を、拭う資格など、青年を死なせた張本人である私にはなかった。ただ私の身勝手で、無事に目を覚ました貴方を確かめたくて抱きしめはしたが…… ……しかし解せないのが、あの青年がどこへ消えたのか、ということだ。あの後、万が一でも息があれば救うつもりで探しに行ったが、どんなに探しても地下には骨も形も残っておらず、叩きつけた壁に影が微かに残っているだけだった。街へ飛べるという瞬間移動の道具を持っていたらしいが……、あの私の攻撃を受けて生きているとは思えない。死の間際に何とか移動できたとしても、あの状態では移動先で息絶えるしかない。……どのみちもうこの世にはいないだろう。 そんなこともあったから、余計に、アズマ様を元の世界に帰すことに不安を感じてしまう。辛いことがあったこの世界へ、戻ってきたくなくなるのではないかと。そのように、沈んだ様子を見せられると、尚更。 「……卵、」 アズマ様が、ポツリとつぶやく。 「俺がいない間に孵っちゃったりして、」 応接間の一角に、台座の上に据えられた、竜人の次期魔王の入っている卵に目を遣る。 いつ孵ってもおかしくない巨大な竜人の卵は、ところがあれからしばらく経っても何の生まれる気配もなく、不審に思う反面、私としては少し、ホッとしてもいた。 次期魔王が生まれてしまえば、アズマ様とはお別れしなければならない……。契約期間があるから、すぐ、というわけではないが。 「もし孵ったら……、」 「孵ったら、貴方を待つ者が1人増えているだけです、……ご心配なさらないで下さい」 まるで、ここへ戻らなくてもいい理由を探しているように聞こえ、立ち上がり、アズマ様の卵へ向ける目線の間に割り込む。 「……そっか、」 「そうです、」 ……どうしよう、貴方を、帰したくない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |