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『癒して温泉ナイト』
ものがたりはじめました《1》
 
 ……う〜ん……。

 そろそろ起きないと、かな。今、何時だろ……。

 枕元に置いてあるはずの時計代わりの携帯電話を探す手が、シーツの上を空しく滑る。
 ……あれ、反対側の枕元に置いたんだっけ?

 寝返りをうち、逆方向に手を伸ばしながら重い瞼を薄く開いて、ギョッとした。

「!!」

 ストレートのキレイな長い黒髪が、目の前にしっとりと流れている。
 何だ? 誰? どうして僕の隣で寝てるんだ?

 驚いてパッチリ目が覚めた。ガバッと上半身を起こしたところで、自分が服を着ていないことに気づく。ええええ、待て待て、何この状況? 

「ぅん……」

 隣に寝ていたしっとり黒髪の人が、両手を上げて背伸びをしながら顔と体をこちらへ向けた。眠そうな目をこすりながら開けて、

「……おはよう」

 と、僕の顔ではなく、腰元を見ながら……って!

「わああっ、これは違います! その、朝だから、自然と、」

 ムスコがおはようございます……。

「バカ。私も男だ、そんなに慌てて弁解しなくてもいい。
 ……それにしても、やっぱりデカイな。あと、中々良い形をしている」

 え? あ、ちょ……っ! ダメ、そんな寝起きセクシーな表情で指差しながらそんなこと言わないで……

「すっすみません! 先にトイレ使います!!」

 室内にあったバス付きトイレに駆け込んで、若干ズキズキする頭で、色々思い出した。
 
 えっと。傷心旅行で行った幻の秘湯に入ったら、突然、何だか変なところ……狼男や魔物や魔法の存在するファンタジーな異世界に来ちゃったんだっけ? 僕の隣に寝ていた黒髪の寝起きセクシー美人はカタリベさんという語り部の男の人で、温泉で知り合って、すったもんだの後、異世界(彼にとっては僕の元いた世界のこと)の話を聞きたいからって、彼の泊まっているホテルで一緒にお酒を飲んだんだ。
 ……飲み過ぎたのかな。途中から何をどう話したのか、どうやってベッドに入ったのか、……何で隣に彼が寝ていたのか、記憶がない。まさか、やらかして……ないよな? 確かに彼は美人だし、アンニュイな色香漂う感じが実はスゴく僕の好みのタイプなんだけど、男だし! それに、昨日の様子じゃ彼もそういう風に見られるの嫌そうだったから、もし僕が何かやらかしてたら、のんきに「おはよう」なんて挨拶してこないよな。

「おーい、ついでにそのまま風呂に入ってしまえ。ここを出たら、服を買いに行こう」

 と、カタリベさんが、トイレのドアをノックしながら。
 そうだ、昨日は村に着いたのが夜遅かったから、服を買う店が閉まっていたんだ。仕方ないので一晩服なしで我慢して、今日連れていってもらう予定なんだった。全裸で寝ていた理由がわかって、ちょっとホッとした……。
 

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