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アストロライナー777
生命を感じて
トランジッタを発車したアストロライナーは銀河系中心部へ向けて走り続けている。
月型衛星を持った惑星群 奇妙なガス星雲 衝突したばかりのブラックホールなど様々な天体が様々な表情を見せてくれている。
中心部へ近付けば近付くほど恒星の密度が高まってくる。
やがては恒星同士が引っ張り合って質量の小さな星は大きな星に飲み込まれ、同じくらいであれば弾き飛ばされてしまう。
やがて引力の釣り合った星同士は連星となり爆発 消滅するまで運命を共にする。
さらに中心部へ向かうと恒星やガスが高速で周遊している地帯に入る。
ここで力尽きた星やガスは引きちぎられて中心部へ引き寄せられてブラックホールへ落ちていく。
その圏境面から先へは銀河高速鉄道も近付けないのでブラックホールの引力圏ギリギリの所を走っていくのである。
もちろん ここへ走ってくる列車は必ずコスモジェットを装備することになっている。
俺はまた食堂車でコーヒーを飲んでいる。 アニーはルームシェフから料理を運んでいる。
(毎日毎日 同じことの繰り返しだね。) (でもいいんです これで。)
(そうなの? 俺なら飽きてるな。) (そうですか? 私はそんなことないけど。)
後ろのテーブルでは男たちがワインを飲みながらゲームを楽しんでいる。
(あのワインは銀河系で一番強いお酒なんです。) アニーはボトルを俺に見せた。
クリスタルシャドウ 地球でもたまに売られているワインだ。 俺も少しだけ貰って舐めるように飲んでみた。
(いやいや、これは強すぎる。 俺も飲むけど耐えられないや。) 俺が残した酒をアニーはキュッと飲んでしまった。
(飲んで大丈夫なの?) (すぐに分解してエネルギーにしちゃいますから大丈夫です。)
俺は揺れているエプロンの隙間から怪しげな点滅を見た。
(これですか? これはエネルギーチャージャーです。 アルコールを一瞬で分解したから驚いてるんです。)
彼女は笑いながら後ろのテーブルへ駆けていった。
窓の外はガスが高速周遊して渦を巻いている。
時々プラズマのように放電しているのも見える。
かと思えば恒星が高速で通り過ぎていく。
電磁波が津波のように軌道を揺らしている。
トランジットへ向かう列車が二本続けて擦れ違った。
地球を出て三ヶ月は過ぎただろうか?
次の停車駅はまだまだ先である。 銀河中心部のブラックホールを過ぎた後である。恒星の群れを抜けたアストロライナーはエネルギージャンクションに入った。
巨大なブラックホールを横切るためにコスモハイパージェットを追加するのだ。
これでなければ中心ブラックホールの強力な引力に打ち勝つことはできないのだ。
俺は座席に体を預けると電子掲示板に目をやった。
[フィルキル線特急 消息不明] 突発的な事故を知らせている。
フィルキル線は地球から二つ隣の銀河 MP39−1の中心惑星 フィルキルへ向かっている長距離路線である。
所要時間は四年くらいだから生身の乗客はほとんど居ない。
テクノ人間かMP39−1に住んでいる生命体が乗客である。
その特急が消息を断ったというのである。
もちろん、無軌道特殊警備隊も銀河防衛軍も捜索を続けている。
しかし一度消息を断った列車が見付かることは希である。
銀河から弾かれて軌道を塞いだ恒星に飲み込まれていたり、突然膨張したブラックホールに吸い込まれていたり。
時にはガス惑星の強大な圧力で吹き飛ばされていたりするからだ。
掲示板の点滅は消えた。 そしてコスモハイパージェットの爆音が静寂を破った。
どうやら中心ブラックホールの圏境面に達したようである。
俺も座席に押し付けられたまますごい圧力を感じている。
これを過ぎてしまえばまたいつもの宇宙が戻ってくる。
どれくらい経ったのだろうか、、、静寂を切り裂くような爆音は消えて穏やかな時間が戻っていた。
空腹を感じた俺は食堂車へ向かった。
扉を開けるといつものようにシャンデリアが輝いている。 だがルームシェフはセルフサービスになっている。
(おかしいな、、、アニーは何をしているんだろう?) 俺はメニュー操作をしながら隣のボックスを何気に覗いた。
いつもアニーがクリーンオフしているボックスである。
(アニーじゃないか! どうしたんだ!) そこにじっと動かないでいるアニーが居た。
エネルギーチャージャーの点滅も消えている。 俺は食事も忘れて機関車へ飛び込んだ。
(どうしたんですか?) 車掌が穏やかに俺を迎えた。
(アニーが、、、いやウェイトレスが死んでるんだよ。) (そうですか。)
車掌はたんたんと職務を行っている。
(あんたは何とも思わないのか?) (まあ、よく起きることですから。)
平然としている彼の態度に激怒した俺はまた食堂車へ戻ってきた。
(彼女は死んでなんかいませんよ。) パイプを吹かしている男がニヤリと笑った。(しかしアニーはボックスの中で確かに、、、。) (あれはエネルギーダウンです。 コスモハイパージェットの電磁波から心臓を守っているんです。)
(しかし、、、。) 気が気ではない俺が振り替えるとそこにいつものアニーが立っていた。
(ご心配をお掛けしました。) 深々と頭を下げるのはいつものアニーである。
(コスモハイパージェットは電磁波が強いのでいつもこうしてるんです。 ごめんなさい。) (なんだ、、、そうなのか。 死んだのかと思ったよ。)
泣いている俺の肩にアニーが手を置いた。
(優しい手だな。) (そう? 固い手でしょ?)
(そんなことないよ。 これは人間の手だ。) 俺は改めて彼女の手を握り締めた。
(源太郎さん、、、。) 私は思わず彼の名前を呼んだ。
彼はいつもの優しい目で私を見てくれている。
彼には何も言わずにエネルギーダウンしたもんだから余計な心配をさせてしまった。
でも私を心配してくれる人が居たんだと思うと泣けてしまう。
生身の彼には分からなかったのだから仕方ないけど心配させないようにしなきゃ。
私がテクノイド手術を受けた30年前、この体はまだ珍しかった。
私もテストされていたのね。 エネルギーチャージャーもまだまだ試験中だった。
改造された後、何度か改良手術を受けて今の体になったんだけど、エネルギーカプセルも進化してきたのよね。
最初は数日で動けなくなったことも有った。
それがなんとか一ヶ月動けるようになって助かってる。
彼はびっくりしたんだろうな。 カプセルを見た時、黙ってたからね。
銀河高速鉄道に乗務するようになってから冥王星に立ち寄ったのは一度だけ。
銀河本線の列車に乗務することはほとんど無いから。
その時に見た私は氷の棺の奥の方に眠っていたわ。
あそこの氷は永久氷結だから私が死んでも溶けることは無い。
もちろん 冥王星が壊れるまで溶けることは無いのよね。
彼はどう思うのだろう? あそこに変わらぬ生身の私が眠っていることを。
列車は銀河系を三時の方向へ向けて走っている。
路線図にはようやく次の停車駅 ウォータープラウディアが表示された。
この星は惑星でありながら水だらけの星である。
というより宇宙空間を漂う超巨大な水滴 それがウォータープラウディアなのだ。特殊なレーダーで見ないと透き通るこの星を見付けることは難しい。
(何だ、、、星全体が透き通っているなんて。) (あの水は恒星の光も吸収するんです。)
(湖みたいに反射しないのか? メンゼルスタットみたいにさ。) (しません。 明らかに成分も違うんです。 分子は同じなんですが。)
(同じ分子で違う成分?) (あの星は4D3のような奇妙な星ですよ。)
俺たちが話していると列車は大気圏 いや水流圏に飛び込んだ。
(ここには誘導レールは無いのか?) (有りません。 ただレーザー誘導はされています。)
やがて水中の空間に出た列車は駅に通常停車した。
あらゆる機能をまとめた町のような駅である。
(ウォータープラウディアに到着いたしました。 停車時間は四日と38分です。 お乗り遅れのないようにご注意ください。)
列車から数人の客が降りていった。
車掌も珍しくスーツケースを抱えている。
(ここで休暇を取らせてもらうことにしたんです。 ここの温泉は気持ち良いですからね。)
俺は車掌を見送ってから食堂車へ向かった。
(どうされたんですか?) (アニーはのんびりしないのかい?)
(私ですか? したいとは思いますけど、、、。) (じゃあ行こうよ 温泉に。)
(分かりました。 少々お待ちください。) いつものルームシェフをセルフモードにした彼女はボックスから出てきた。
(ん?) (どうしたんですか?)
(それって水着じゃないの?) (違います。 これはクリスタルレオタードですよ。)
俺はなんだか彼女がはしゃいでいるように見えるのだ。
横から見てもふつうの女の子である。 胸の膨らみにドキッとしてしまう。
(私 珍しいですか?) (いや、普段は胸なんか見ないもんだからつい、、、。)
(私も女ですから。) 彼女は恥じらいながら列車から降りてきた。
ホームというホームは無くて建物の隙間に埋まっているような感じで列車は停車している。
俺たちは軒が繋がっている旅館へと入っていった。
(停車中 お世話になります。) アニーが挨拶をすると旅館の主人は奥から出てきた。
(ようこそ。 お風呂は掛け流しにしてあります。 いつでも入ってください。) (ありがとう。)彼女はお礼を言ってから建物の奥へと進んでいく。
浮かれている彼女の後ろ姿にドキドキしながら俺も小走りで付いていく。
旅館の奥にはジャングルのような景色が広がっていて岩の間から湯が沸きだしている。岩を組み合わせただけの浴槽から湯気が立ち上り彼女の幻想的なシルエットを映している。
(これはいい湯だなあ。) (気に入っていただけましたか?)
(最高だよ。 地球以外にもこんな湯が沸いてるんだね。)
俺が感激していると彼女も湯の中へ入ってきた。
(入っても大丈夫なのかい?) (大丈夫です。 多少の刺激には耐えるように作ってありますから。)
俺は湯の中で頬を赤く染めている彼女を初めて見た。
これまでに何度もこの旅をしているはず。 だとすればルートも景色も知り尽くしている。
もちろん、この星のこの旅館も知っているはずだ。
なのに初々しく感じるのはなぜだろう? アニーに惚れているということか?
俺は父さんが死んでからこの列車に乗ったんだ。 寂しさも感じていたはずなのに。
あの不思議な男と出会って以来、その寂しさはどこかへ吹き飛んでしまった。 彼はいつも俺の行く所に現れる。
そして俺の疑問を先回りして解決する。 まるで父さんみたいに。
でもいつもパイプを喫えて澄ましている、 俺のことを分かってるように。
(源太郎さん 緊張してるの?) (だってアニーといっしょに入るのって初めてだからさ。)
(フフッ 初なんですね。) (そりゃそうさ。 恋人なんてまだ居ないんだし。)
(私なんかじゃダメ?) (もったいないよ 俺には。)
そう言いながら俺はアニーに見透かされていることに気付いてはいなかった。
湯から上がった俺は岩の椅子に腰掛けて体を洗っている。
彼女は湯煙の向こう側に目を凝らしている。
高速鉄道の乗務員と過ごす一夜はなんとなく緊張の連続である。
俺はなんとなく眠れないまま朝を迎えてしまった。
その頃、地球の運行管理本部では新しい路線の開通準備が進められていた。
あのトランジット中継駅からM591銀河の外惑星 ヘビージャッカルへ向かう路線である。
トランジットへ向かう軌道敷設車は既に発車している。 あとはその中間点でシールドを連結すればいい。
本部長代理 草川武男は職員の顔を見ながら挨拶した。
(我々はどこまでも誠実に穏やかに開拓交渉を続けて新路線開通の道を開いてきた。
そして現在 外宇宙に向かってさらなる道を開こうとしている。 絶対平和主義 そして互いに納得し満足できる公共交通機関であることはこれからも堅持していこうではないか。)
争いのための争いは何も生まない。
新しき道を開くに困難は常である。
しかし、それを恐れていては何も始まらないし何も動かせない。
このヘビージャッカル線が開通するのは一年後のことである。
アストロライナーは水滴惑星 ウォータープラウディアで二日目の夜を迎えようとしていた。
旅館の二階の小さな客室で俺とアニーはのんびりしている。
窓の下にはアストロライナーの銀色の屋根が見えている。
(あそこからどうやって発車するんだい?) (垂直上昇です。)
(垂直上昇?) (つまりはこうです。)
彼女はテーブルに置いてあるアストロライナーの模型を動かしてみせた。
(なるほど。 真上に飛び上がるのか。) (レールコミューターには上昇機能が含まれていますからね。)
模型をテーブルに戻したアニーは屋根を見下ろした。
(あの列車もずいぶんと永く走ってきたのでそろそろ引退かもしれません。) (引退?)
(そう。 もう100年近く走ってますからね。) (そんな風には見えないな。)(小さな部品は10年に一度。 大きな部品は25年に一度取り替えてますからね。) (車体もかい?)
(もちろんです。 あれは特殊金属なので溶接などは一切しません。 代わりに25年で取り替えるんです。 これはまだいい方で湿地や電磁帯が続くゲルマニアン線の列車は15年で全て取り替えます。)
(取り替えたやつはどうするの?) (もちろん再利用する材料になります。 元素蘇生させるんです。)
やがて宵闇が辺りを暗く染めてしまって車体も見えなくなった。
俺は布団に潜り込むとアニーを抱き寄せた。 彼女の体はテクノロイドとは思えないほど暖かく感じた。
俺は野原を歩いている。 蝶や蜜蜂が飛び交い、様々な花が咲き誇っている。
雪が残る山が遠くに見えて吹いてくる風も心地よい。
舗装すらされていない道がどこまでも続いていて兎や狐などが走り回っている。
(源太郎さん お弁当持ってきたわよ。) (悪いね。 ありがとう。)
(待っててってお母さんも言ってたでしょ? なのに先に行っちゃうんだもん 知らないわよ。) (ごめんごめん。 山を見たくてさ。)
(山はいつでも見れます。 今日は私もいっしょだからね。)
その女になんとなく見覚えが有る俺は振り返りながらその顔をじっと見詰めた。
アニーだ。 しかしなぜここに?
(源太郎さん あなたのことをもっと知りたいんです。) (俺のことを?)
(あなたはいつも私を見ています。 なぜなんですか?) (それは、、、君が好きだからだよ。)
(本当にそうでしょうか? あなたは私が本当に人間だったのかどうか知りたいだけではありませんか?) (違う。 そんなはずはない。)
後ろを歩いているアニーの問い掛けを強く否定した俺は不意に目を覚ました。
(夢か。) (魘されてましたけどどうされたんですか?)
(君の夢を見たんだ。) (私の?)
布団に座り直した俺は夢に見た全てを彼女に話した。
(私も思ったことは有ります。 疑っていたことも。) (やっぱりか。)
(でもトランジットでのあなたは違った。 私を心から大事に思ってくれてるんだって。) (でも、、、。)
(私がエネルギーダウンした時のあなたを見ていて私も決心しました。) (何を?)
(源太郎さんをずっと大事にしたいって。)
彼女はそこまで話すと胸の支えが取れたように大きく息を吐いた。
(いろんなお客さんを見てきたけど初めてです こんな気持ちになったのは。)アニーは白み始めた空を見上げた。 昼には発車準備のために列車に戻らなければならない。
俺はまた彼女を強く抱き締めた。
アニーは初めて俺の肩に顔を埋めた。
生身のままの温もりを感じる。 いや、俺の体温をそのまま感じているのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもよかった。 こうしてアニーを感じることが出来れば。
開け放した窓から鳥の囀りが聞こえてきた。 機関車のタービンも動き始めたようだ。
俺たちは世話になった主人にお礼を言ってから列車に戻ってきた。
車掌が何やら書き物をしている。
(どうしたんです?) (この星で降りるお客さんが居るのでチケットを清算しているんです。)
(この星に止まるのかい?) (時々居るんですよ。 ここは環境がいいですからね。)
彼はチケットを書き換えると乗客の席まで走っていった。
アニーはもう食堂車に戻っていていつものエプロン姿である。
やがて出発時間になりアストロライナーは上昇して再び走り始めた。
水流圏外に出た列車はまた暗い宇宙を疾走している。
黒い車体の護送列車が擦れ違った。
この近辺の星へ向かっているのだろうか?
その後を追うように銀河防衛軍の戦闘列車が走っていった。
コスモカノンとレーザーカスタム 二つの砲撃車両 複数で編成された戦闘列車はそう何処でも見られる物ではない。
カプリスタン線などテロリストが潜んでいる区域ではパトロールのためによく見掛けると言うが銀河系ではまずその必要が無い。
時々事件は起きるが無軌道警備隊の出動で十分なのだ。
列車はいつものように同じリズムを刻みながら走っている。 遠くに恒星のバーストが見える。
かなり激しい爆発だ。 数百年 数千年後には新たなブラックホールになっていることだろう。
電子掲示板が緊急ニュースを伝えている。
銀河系 第6229星団で内乱が勃発したというのだ。
さっきの戦闘列車は内乱鎮圧のために派遣されたのかもしれない。
銀河横断の旅はまだまだ続くのである。
俺は最後尾の展望車に居た。 なんとなく気分が晴れないのだ。
窓からは遥か後方に延びている空間軌道が見える。
上下線が一組になり、それが二つで一本のシールドに収まっている。
10skmごとにシールドリングによって接続され、これを外すことで無軌道走行が可能となる。
またコスモカノンやレーザーカスタムはシールドリングを解除しなくても発砲できるように改良されてきた。またテロリストの如何なる攻撃も無力化する手立てが講じられているからよほどの武装集団でなければ突破は無理である。
(この遥かな向こうに地球が在るんだよな。 地球は休まずにこっちに向かっている。 この列車より遥かに速いスピードで。)
そこへアニーがワインを運んできた。
(ここに居られたんですね。 探しましたよ。) (ごめん。 落ち着きたくなってさ。)
(冷たいワインをお持ちしました。 ごいっしょしてもよろしいですか?) (君が居てくれるなら少しは楽になるかな。)
俺はワイングラスに手を伸ばした。
(私も地球に居た頃はよくワインを飲みました。 源太郎さんはどうですか?) (俺が飲むのは日本酒だよ。 父さんもよく飲んでた。)
(私 お父さんは居ないんです。 小さい時に死んでしまって。) (俺も去年亡くしたんだ。 この旅行を楽しみにしてたのに。)
(たぶん、お父さんもいっしょに乗られてるんじゃないですか? そんな気がします。) (そう思うんだ。 よく似てる人が乗ってるからさ。)
アニーは俺のグラスにワインを注いだ。 連星が踊っているように流れていった。
その連星は中心に小さなブラックホールを抱いている。
展望車の天井はプラネタリウムになっている。 全ての星座を映すことも出来る。
そう 銀河系の他の惑星から見える星座も漏れ無く映すことが出来るのだ。
もちろん地球の88星座はその代表とされているが他の惑星ではまったく違う星座が並んでいるのである。
二重リングの星座を私は見付けた。 まるで私と源太郎さんみたいで。
彼はぎこちないけどちゃんと私を見てくれている。 時々何を考えてるのか不安になるけど。
二重のトライアングルも見付けたわ。 角が有るのに喧嘩しないのよね。
なんか学生時代に戻ったようなそんな気がするな。 そんな懐かしい匂いがするんだ。
何時間 展望車に居たのだろうか。 食堂車のベルが鳴って彼女は慌てて戻っていった。
列車の前方には巨大な恒星発電装置が現れた。
あらゆる方向から恒星の光を集めて発電し、それを地球へ送っているのだとか。
容量の桁外れに大きな充電池を送り込んでいるニュースを見たことが有った。
もちろん、ここだけでやっている訳ではなくて路線に沿って一ヶ所は必ずこの施設が作られている。
地球上でやるよりも遥かに安全で無駄が無い。 それで地上からは全ての発電設備は消え去ったのだ。20世紀には各地で原子力発電所が事故を起こして放射能をばら蒔いた。
ただでさえ原発は臨海地帯に有って海を汚してきたのに。
炉心溶融など大惨事をたびたび引き起こして住民を不安と恐怖に叩き落としてきたのである。
しかし22世紀には宇宙発電所が創業を開始して環境は変わった。
さらに液体酸化水素が発見されたことで発電コストが下げられて家庭にも普及した。
(間も無く列車はプレアシアン中継駅に到着いたします。 乗り換えは案内板の通りでございます。 お忘れ物にご注意ください。)
トランジットとは正反対の位置にまで来たわけだ。
ここからまたアストロライナーは銀河中央環状線に入って銀河系を半周する。
路線図ではプロメキストなどに停車するようになっているが宇宙では何が起こるか分からない。
軌道が変わっていたり消滅していたりするからである。
アストロライナーは空間信号の前で停車した。 前の列車が事故を起こしたらしい。
赤い点滅が見える。 白い無軌道救急列車が通り過ぎた。
(こちら732列車。 プレアシアン手前で緊急停車中。) (了解。 前方20skmにてサイプドロン263号が脱線した。 現在事故処理中。)
(了解。 回復を待ちます。)
中継駅近くの救急医療団からも応援が派遣されたようだ。
俺は毛布を頭から被ると眠りに落ちた。
(お兄ちゃん 着いたかな?) (まだまだ先だよ アンビターナは。)
(そうか。 まだ半年だもんね。)
舞は銀河地図を見ながら溜め息を吐いた。
(明日も仕事なんでしょ? 寝なさい。) (でも、、、。)
(源太郎なら心配は要らないよ。 ちゃんとうまくやってる。) (そうだよね。)
舞は夜空を見上げた。 何本も光の帯が流れるように消えていった。 そのどれかに兄が乗っていないかと探したのである。
15時間ほどして信号は青になった。 脱線していた辺りの軌道も完全に修復された。
(列車は予定より遅れてプレアシアンに到着いたしました。 乗り換えの列車は一部変更されましたのでご注意ください。
また遅延による乗車区間の変更は当該列車の出発時間までにお済ませくださいますようお願い致します。)
アストロライナーが到着したのは24番ホームで、隣にはアルデバラン周遊連絡線の急行が停車している。
プレアシアンもトランジットと同じ作りで空間に浮かぶ島と呼ばれている。駅以外に建物は無くて各地の銀河からやってくる列車が銀河系へ乗り入れる窓口になっている。
3番ホームにカシオペヤカベラス銀河行きの超特急が入ってきた。
この銀河は光さえも押し曲げる三重重力地帯に在るので列車も対重力装備になっている。
俺は客車を出るとホームを歩いてみた。
乗り換え駅らしく様々な人たちが行き交っている。
丸い星のようなプランゲートの人たち、ドラム缶のようなデビソルターの人たち、何処に居るのか分からないくらい小さなアンデルシアの人たち。
それぞれにそれぞれの思いを感じながら旅を続けている。
ずっと休まずに雨が降り続く星も在るし、雪に閉ざされたままの星も在る。
昔の地球のように穏やかな星も在れば、荒れ果てたままの星も在る。
生まれたばかりの星も在れば死んでいる星も在る。
それらが混在してこそ宇宙である。 俺はそう思うんだ。
今でも銀河高速鉄道が停車しない星だって在れば、停車を拒否している星も在る。
それもそれでいいじゃないか。 価値観はみんな違うのだから。
[外宇宙に新路線開拓] 管理塔の壁面に表示が浮かんだ。
(新路線か。 どこまでも延ばすつもりなんだな。) (開拓は終わらないでしょう。 でもそれでまた自然が壊されてしまう。)
(君だってこれまで協力してきたんだろう 乗務員として。) (私はずっと食堂車で働いてきただけです。)
(君の給料は誰が払ってるんだ? 君たちのエネルギーカプセルは誰が支給してるんだ? 列車を利用してる人たちじゃないか。 それも客じゃない。 星を売り渡して儲けてる連中じゃないか。)
(源太郎さん、、、。) (フローレもメンゼルスタットもこうして開発したから崩壊したんだ。 違うかい?)
私はその問い掛けに何も言えなかった。 ただ銀河高速鉄道に憧れて働いてきただけなのに。
でも彼の目は私には優しかった。 私はその優しさにずっと包まれていた。
地球へ向かうアストロライナーが61番ホームに入ってきた。 緑の車体に赤いスカートを履いている。
カペラ高速線のベガラス3号のような列車である。
運転士が降りてきた。 下りのアストロライナーの車掌と何やら話をしている。
どうやらルート変更をするようだ。
ここから銀河系を六時の方向へ進み、そこからさらに大銀河縦断線に入るようである。
となると停車駅もずいぶんと変更されることになりそうだ。
プレアシアンでの停車時間は五日と六時間28分である。 その間に何本も列車が到着しては出発していった。
下りのアストロライナーが出発する時、上りのアストロライナーも汽笛を鳴らして出発していった。
次の停車駅は年中花が咲き乱れているというトルネシア花王星である。
なんでも花が好きな王家の人々が星一面に花を植えているらしい。
ホームも道も花で溢れているのだとか。 俺には想像もできないことだが、、、。
[そこらに花が植えられてたら邪魔でしょうがねえな。]
(そうなんです。 でも触ったり引き抜いたりしてはいけないんです。) (なんだって?)
(触っただけで終身刑になります。 抜いたら死刑です。) (そんなむちゃくちゃな、、、。)
(それがこの星の法律です。 他は自由なんですけどね。)俺は資料室に飛び込んだ。
(あっ写真は有りませんよ。 撮影は罰金ですから。) 男はそう言うとパイプを吹かした。
やりきれない気持ちを抱え込んだ俺は食堂車の扉を開けた。
営業は終わっていてシャンデリアも消灯されている。
ルームシェフのロックを解除した俺はミックスサンドとコーヒーを取り寄せると椅子に座った。
アニーはボックスに入っているようだ。
どんな姿で入っているのか気になった俺はそっとボックスを覗いた。
彼女はコーティングスキンを脱いだ状態でボックスに横たわっていた。 素っ裸である。
俺は初めて見るアニーの裸を凝視することができなくて慌てて席に座った。 見てはいけない物を見てしまった気がしたからだ。
コーティングの下はふつうの人間と何ら変わらないように見える。 何処をどう改造したのか俺には分からない。
しかし確かに生身ではないのだ。 内臓も筋肉も作り替えられていると言っていたのだから。
それでも外見は何らふつうの女と変わらない。 それは何か企みでも有るのだろうか?
無いとしたら他にどんな意味が有るのだろうか?
俺はコーヒーを飲みながらさっきの光景を思い返した。
彼女はボックスの中で無防備に横たわっている。 いつも点滅しているエネルギーチャージャーも着けていない。
ということは死んだような姿で眠っているということなのだろうか? しかし呼吸しているように見えるのだが、、、。
テクノイドとは不思議な生き物だ。 俺はそう思った。 ミックスサンドを食べながら暗い宇宙を見詰めている。
星は宇宙の停車駅、空間軌道は星を繋ぐ道。
地球時間 24時間の間にいったいどれくらいの列車が走り過ぎていくのか?
そしてこの宇宙にどれくらいの停車駅が作られたのか?
そして銀河高速鉄道が走り始めてからいったいどれくらいの人が旅をしたのだろうか?
この軌道を守るためにどれだけの惑星や恒星が破壊されたことか?
さらにはこの駅を作るためにどれだけの人が拘束されたのか?
外宇宙にまで路線を延ばした今ではそれも未知数に近いかもしれない。
今日もどこかで路線が拡大され、どこかでは戦闘が起きている。
如何なる国や部族の兵力をも超越してしまった銀河高速鉄道の軍事力は絶大である。
そしてそれは今も強化され続けている。
やがてはブラックホールをも消滅させるような武器も作られるだろう。
俺はそこに底知れぬ恐怖を感じてもいた。

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