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アストロライナー777
大陸消滅の謎
(間もなく列車はメンゼルスタットに到着いたします。 お疲れさまでした。)
俺は車掌のアナウンスで目を覚ました。
目の前には蒼く輝く星が近付いてきている。
(何だ、眩しい星だな。) (水面に乱反射してるんですよ。)
(大陸 在るじゃないか、、、ほら。) (あれは雲が固まっているんです。)
(雲だって?) (そうです。 何万年もかけて雲が大陸のように固まったんです。 その成分は分からないんですが。)
(奇妙な星も在るんだね。) (まだまだ他にもたくさん在りますよ。 これはまだいい方です。)
男は路線図を見ながらパイプを吹かした。
どう考えてもこの男には懐かしさを感じている。 しかし俺の疑問を察しているようにも思えてならないのだ。
この男はいったい誰なのか?
(私ですか? 私は一人の旅人ですよ。)
そうだといいのだが、それならなぜいつも俺の前に現れるのか?
(それはたまたまですよ。 私もあなたと同じような疑問を持ってましたからね。)
俺たちが話していると列車は誘導レールに乗った。 そしてどんどんと降りていく。
やがて速度を落とした列車は停車した。
(着いたみたいだな。) デッキに居た俺は手動の扉を開けて思わず固まってしまった。
陸地という物が無い。 それどころか枕木の際まで海が迫っているではないか。
(こんな状態でも停車するのか?) 俺は見回りをしていた車掌を呼び止めた。
(あそこに駅の標識が有るでしょう。 あれが有る以上、ここは駅なんです。) (しかし、これでは、、、。)
(四年前に来た時にはまだ陸地は有りました。) (じゃあ四年の間にこうなったと言うのか?)
(そこまで断定はしませんが、、、。)
メンゼルスタット この星はボイジャーの奇跡を辿っていた探索機がたまたま見付けた惑星だった。
探索機 メンゼルスタットの名前を付けられた星は未開の大地だった。
そこで地球からの移住を進め、都市を建設して機械文明を持ち込んだ。
ところが平穏だったのは移住から50年ほどで原因不明の地盤沈下が起こった。
危機感を募らせた移住促進本部は都市建設を中断し調査した。
その結果、都市が消滅することが明かになり他惑星への移住を始めたのである。
それから10数年後、陸地はほとんど消滅し現在に至ったのである。
地核が海綿のような構造であったために重量や振動に耐えられなかったのだろう。
一ヶ所の崩壊が時を置かずに星全体へと広がってしまったのだ。
列車は辛うじてレールの上に乗っている。
その足元を波が洗っている。
ある意味で壮大な景色にも見えるのだが、、、。
やがて列車は汽笛を残して発車した。
それから半年ほどしてメンゼルスタットの駅は完全に水没し銀河高速鉄道の路線からも抹消された。 蒼く輝く星 メンゼルスタットは今や誰も住まないゴーストプラネットになっていた。
銀河高速鉄道の運行管理規則にはこう記されている。
2A−1a 如何なる理由が有っても路線内の停車駅の通過は認めない。
ただし、駅標識の消滅等で運行管理本部も確認できない時は通過することも認めることがある。
メンゼルスタットはまだ標識が確認できたので通過対象ではなかったわけだ。
後ろへ流れていく星を見ながら俺は思った。
[結局は人間が潰したんじゃないか。 何のためにこの星を見付けたんだろう?]
(それは私にも分かりませんよ。) また、あの男である。
彼は俺が疑問を感じるといつも現れる。
だが、その答えはいつも的を得ているのだ。
(あの星は別荘として売るには好都合でしたが、開発本部は大規模な開発をしてしまった。 それがために地軸が歪んでバランスが崩れたんです。)
(儲けに血迷ったってことかい?) (そうなるでしょう。 開発は大規模な物でした。 一ヶ月で山が無くなるような、、、。)
私たちが話していると列車は速度を落とした。
(こんな所に信号は無いはずだが、、、。) 男も慌てて機関車へ走っていった。
(唯今 前方1680宇宙kmに障害物を発見しましたので停車しております。 爆破処理が完了しますまでしばらくお待ちください。)
(爆破処理だって?) (どうやら惑星の破片のようですね。)
(惑星の? この辺りに砕けそうな惑星は無いはずだけど。)
(私もそう思いましたが、近くに次元の溝と呼ばれる不可思議な空間が開いているんです。 そこは惑星も落ち込むと砕けてしまうんです。) (じゃあ、そこに落ちた星が?) (可能性は大きいです。 今コスモレーダーに映しますが。)
男が指差す辺りに確かに砕けた煎餅のような物体が揺れている。
(これは軌道を逸れたガス惑星の中心殼だな。 おそらくは飛ばされて軌道を塞いだんだ。) (星でも爆破するのか?)
(運行管理規則に有りますよ。
運行の障害となる恐れが高い場合、乗客の安全が著しく脅かされると判断した時には爆破することが出来ると。)
(救難対応列車が到着しました。 処理が完了するまで今しばらくお待ちください。)
停車しているアストロライナーの横に銀の車体の列車が停車した。
やがて天蓋が開けられて巨大なレーザーミサイルが顔を出した。
(いくら爆破できるとしてもそれは無茶苦茶じゃないのか?) (そう思うでしょうが宇宙では日常茶飯事なんですよ。)
隣に停車している列車から激しい閃きが放たれ、また静かになった。
コスモレーダーに映っていた星影も消えて列車は動き始めた。
(あの星もいつかまた生まれ変わる時が来ます。) 男は一礼してから部屋を出ていった。
確かに宇宙には巨大な星がたくさん有ってその軌道も複雑である。
そこに引力や重力 遠心力も絡んでくるから、それらをどんなに緻密に計算しても完全な答えを割り出すことは出来ない。
特にガス惑星は厄介で大きければ大きいほど面倒である。
中心殼が軌道から離れていても爆破を選択しなければならない時が有るからだ。
俺は沈んだ気持ちのまま食堂車の扉を開けた。
数人の客が夕食を楽しんでいる。
俺は呼びつけたウェイトレスにミートソースパスタとオニオンスープを頼むと頬杖をついた。
(あの爆破はすごかったねえ。 やっぱりコスモカノン砲は威力が違う。) (昔はレーザーカスタム砲だったんだろう? それでもやれたんじゃないのかね?)
(いやいや、それだと破片が飛び散るんだよ。 実際にそれで事故を起こした列車も有るくらいだから。) (だからって瞬間消滅させるのはどうなのかね?)
男たちの議論は白熱している。 俺はそっと耳を澄ました。
(じゃあ君はそこらに破片をばら蒔いてもいいと思うのかね?) (そこまでは思わんがもっとやれることは有るんじゃないかと思うね。)
先に話を切り出した男はさも面白くない顔でブランデーを飲んでいる。
怪訝そうにしている俺にウェイトレスが囁いた。
(お酒が入ればいつものことですから。)
窓の外はまた暗い闇である。 どれだけ走っても終わらない闇である。
その中を空間軌道は果てしなく延びている。
まるで人々の夢に終わりが無いように。
夢、確かに夢に終わりは無い。有るとしたならそれはその人が夢を諦めた時だろう。
遥かな昔 人々が文明を手にする遥かに前から人は夢を見ていた。
そのうちに賢人が現れてそれらを少しずつ形にしていったのである。
家が作られ乗り物が生まれ、電話で話し飛行機が空を飛び回った。
そのうちに宇宙へ飛び出した人類は遠く永く速く飛ぶロケットを完成させた。
それがさらに進んで銀河高速鉄道にまで発展した。
これからはどちらへ向かうのだろうか?
食事を済ませて客車へ戻ろうとしているとまた列車が速度を落とした。
(今度はいったいどうしたんだ?) (ジェットロケットを増結するんです。)
(何のために?) (あれを見てください。)
男が指差す方向には巨大なブラックホールがガスを吸い込みながら輝いている。
(あれを横切るには超高速でも一週間はかかるんです。) (これでもかい?)
(そう。 コスモタービンではパワー不足なんです。 そこでコスモジェットロケットを追加するんです。)
(その駅は?) (もう入ってますよ。 そろそろロケットが降りてきます。)
やがて一つの編成がまるごとロケットの胴体に収まってしまうと列車は弾かれるように発車した。
青く白く輝いているブラックホールは何の関心も示さないようにガスを吸い込み続けている。
(皆様 これより列車は最高度加速をいたします。 右側に見えておりますブラックホールを横切るまで一週間はかかります。 どなた様も窓を開けたりなさらないようにご注意ください。)
慣れている車掌でも不気味に思えるN4−2ブラックホールは銀河系の中でも最大級の物である。
幾つかのブラックホールが吸収し衝突して大きくなったのだとか。
しかし宇宙にはまだまだ巨大なブラックホールが実在するのだ。
ロケットを増結した列車が擦れ違った。
思えば地球を出てからまだ一ヶ月ほどである。
このブラックホールを過ぎれば次の停車駅 フローレが見えてくるはずだ。
この星も路線図には載っていなくて正体の分からない星である。
(百合の花が開いたような星ですよ。) (花が開いたような?)
(どうしてそうなったかは研究中なんですが、マグマの吹き出しが多量だったために星の半分が陥没したんだと見る学者が多いようです。)
(ここに人は住んでいるのか?) (かつては住んでいました。 近代文明も繁栄していました。)
(かつては?) (今は住んでいるのかどうか分からないのですよ。)
列車は一定のリズムを刻みながら走っている。 まだまだ先は長いようだ。
このアストロライナーは12両の平均的な編成である。
機関車は地上モードとコスモモードを持ったコスモタービン車である。
銀河中央環状線に適した機関車である。
その後部には資料室が有り乗客でも利用することができる。
客車は前からA一等 A二等[二両] B[三両] 食堂車 B[三両] 医務車 展望車の順に連結されている。
食堂車のルームシェフは料理や酒を瞬間移動でホテルの厨房から取り寄せることが可能な優れものである。
また医務車はどんな症状の患者にも対応しているらしい。
それぞれの客車の床下には空間軌道補正装置 電子レールコミューター、衝撃吸収装置が内蔵されている。
万が一 連結が解除された場合でも単独で軌道を走行できる仕組みが整えられているのだ。
俺が乗っているのはA二等の二号車。 長期パスを持っている客なら乗れるA客車の後ろの方だ。
一等車は全て個室扱いになっている。
この乗客は他線へ乗り換え自由である。
窓際の席には窓下に、通路側の席には前席背凭れの後ろに電子掲示板が付いている。
緊急情報とか通過列車情報とか流れてくる。
また読書灯はサービス備品である。
その他、座席下には毛布が収納されているし背凭れには雑誌も用意してある。
デッキに出ると高速送受信可能なテレコールも無料で備え付けられている。
銀河系の反対側から地球に電話してもそんなに不自由を感じさせないくらいの通話環境が整えられているのだ。
俺は翌日も食堂車に居た。 時々コーヒーを飲みながらまだ通過途中のブラックホールを見詰めている。
「まだまだ長いですね。 次のフローレにはまだ十日ほどかかりますよ。」 「そうなんだね。」
「今日も営業は終わりました。 これからはセルフサービスです。」 「俺もかい?」
「お客様の分は私がいたします。」 「悪いよ、、、そんなの。」
「ずっと利用してくださってるのでかまいませんよ。」 彼女は俺の向かい側に座った。
(このブラックホールは以前はこと座の方角に有ったそうなんです。 ずいぶんと動いたものですね。) (宇宙のことはさっぱり分からない。 もちろん 君のことも。)
(私?) (どう呼んだらいいのか分からなくてさ。) 俺はコーヒーを啜った。
(いつもアニーって呼ばれてたからそう呼んでくださってもかまいませんよ。) (アニー?)(アニー?)
(クリスタルダイヤモンドの体になる前の名前です。) (可愛かったんだな。)
(今では冥王星に立ち寄ることも無くなってしまったから見ることも出来ないんですけどね。)
アニーはそう言うと胸のポケットからカプセルを取り出した。
(高エネルギー強化カプセル。 これで私たちはエネルギーを補充するんです。) (そんな物で?)
(お客様には信じられないでしょうね。 これが一ヶ月分の食事だなんて。)
彼女は俺のカップが空になっていることに気付くと熱いコーヒーを注いで戻ってきた。
(こうして何年も列車に乗務しているといろんな人たちに会います。 火星で別れた人も居れば終点で亡くなった人も居ます。) (俺だってどうなるか分からないよ。)
(あなたには無事に帰ってほしい。 待ってる人が居るんだから。) (なぜ分かるの 君には話してないのに。)
(目を見たら分かります。 寂しそうだから。) (妹が居るんだ 一人。)
(そうでしたか。 お土産を頼まれたんですね? アンビターナの。) (そうなんだよ。 あそこじゃ何がいいのかなって。)
静かにシャンデリアが揺れている。 列車の上を貨物艇が追い越していった。
(源太郎さん?でしたっけ? まだお休みにはならないんですか?) (ずっとこうしてると寝る気になれないんだ。 だったら宇宙を見ていようかなって。)
(そうですか。 私は少しクリーンオフしますね。 蛍光灯もこのままにしておきますから。)
アニーはルームシェフの横のボックスに入るとクロックアウトした。
それから一週間後 列車はコスモジェットを開放して通常軌道に戻った。
(あの緑色の太い帯は何だい?) (あれは液体酸化水素の化合物です。)
(液体酸化水素?) (高速鉄道の燃料にもなっているやつです。)
(この辺りにそんな星が在るのか?) (作っているのは巨大なアメーバみたいなやつですよ。)
その帯の所々に奇妙な生物が蠢いている。
そいつは時々触手を動かして何かを探している。
触手の一つが軌道に触れて火花を放った。
(列車のエネルギーを感じたようです。 狙っています。) (捕まるとどうなるんだい?)
(エネルギーを吸収されて人間も動けなくなります。)
列車は簡易ワープの体制に入った。
アメーバが大きな触手を降り下ろした瞬間 スピンワープを発動した列車は酸化水素の帯を脱出した。
後ろの方では触手をぶつけたアメーバ同士が放電し威嚇し相手を攻撃している。
その飛び散るプラズマが沈黙して折り重なっている列車や宇宙船を照らし出している。
これまでにアメーバに襲われた列車や船なのだろう。 新しい物も含まれている。
アジルフィット線とか外銀河連絡線もこの辺りを走っているのだ。
アストロライナーは最後尾を掠めただけだから難を逃れたのだが先頭車だったらどんなことになっていたか、、、。
(あと二日ほどで次の停車駅 フローレに到着します。 停車時間は四時間37分です。)
(ずいぶんと短いな。 前は10時間は停まっていたのに。) 男は腕組みをして窓の外を見た。
(あれがフローレかい? ずいぶんとへんてこな星だな。) (あの窪みの中に町が有ります。 外側は海です。)
(なるほどね。) 感心していると列車は窪みの中へ降りていった。
(こちら732列車。 惑星フローレに到着いたしました。) (了解。 宇宙放射線 急上昇中。 警戒せよ。)
(了解。) 駅は穏やかな高台の上に作られている。 俺は扉を開けるとホームへ下りた。
風も爽やかだし特にこれという変化も感じない。 隅の方からは町を見下ろすことも出来るらしい。
整然と建物が並んでいて通りも整備されているようだ。
しかし歩いている人影は何処にも無い。 よく見ると車も止まったままである。
[ここに住んでいた人たちは何処へ?]
俺が振り向いた時、けたたましく警報が鳴り響いた。
(早く列車に戻ってください! 星が崩壊します!)
俺はなんとか手を振り上げたが足が動かない。
(あれは宇宙放射線にやられたんだ。 行ってきます。) (そんなことをしたらあなたが、、、。)
(車掌さんは除染準備をしてください。) (はっはっはい。)
今にも出発しそうな列車から飛び降りた男は俺を担ぐと列車へ急いだ。
ところが放射線センサーが扉を開けない。
(開けるんだ! 乗客を見殺しにするのか?) (ダメです。 宇宙放射線が飛散しています。 開けることは出来ません。)
そこへ車掌がやってきた。 彼はセンサーバーを殴って黙らせると俺に頭から黄色い液体を吹き掛けた。
(これで放射線の心配は有りません。 しばらく医務車の除去ボックスに入ってください。 液が乾いたら大丈夫ですから。)
列車は緊急発車したようである。 しかし予想しなかった事態が起きていた。
「こちら732列車。 上昇軌道が崩れています。」 「何だって?」
「惑星崩壊の影響で誘導レールが折れてるんです。」 「空間軌道へは移れるのか?」
「分かりません。 レールコミューターを発射してやれるだけのことはやりますが。、、。」 「それを信じる。」
運行管理本部長 フランシスダーウィンは画面の前で立ち止まった。
発射されたレールコミューターはほんの少しの差で空間軌道へと列車を導いた。
これを見守っていた本部職員からは大きな歓声が巻き起こった。
「まあ宇宙にはいろんなことが起きるさ。 万事よろしく頼むぞ。」
彼は職員の顔を見回してからそう安堵の息を吐いた。
ここ医務車に収容されている俺は何も感じないでいた。
何しろ上昇しても下降しても常に平行を保っていて少々の振動は吸収してしまうのだから。
針金一本が落ちたくらいでもかなりの衝撃を感じてしまう人たちも居るのだから、それは仕方ないだろう。
動いているのか止まっているのかさえ分からない室内でブザーが鳴った。「宇宙放射線は完全除去されました。 もう出られても大丈夫ですから。」
「ありがとう。」 ボックスを出た俺は室内をグルッと見渡した。
「ここには誰も居ません。 マスターコンピューターが管理しているだけです。」
通路へ出るとフローレは遥かに遠ざかって小さな影だけが揺れている。
[あの星はいったい、、、。] 遠退いていく赤い星影を追いながら俺は思った。
(予想より遥かに崩壊が進んでいたんです。 あれでは人は住めない。) (あそこに住んでいた人たちはどうしたんだろう?)
(記録は残っていません。 急な脱出だったんでしょう。 でもそんなに遠くはない話ですよ。)
男は通り過ぎる星空をみながらパイプを吹かした。
その姿は若き日の父にも似ていて懐かしく感じさせるものだ。
俺は珍しく連結器の上に立った。
子供の頃から列車に乗るといつも立っていた場所である。
プレートが揺れる旅にカシャカシャと擦れ合う。
それがまたなんとも鉄道お宅には堪らないご褒美なのだ。
運転席を眺めるだけでも物足りなくて忍び込んで怒られたこともよく有った。
貨物の積込を見ていたらいっしょに入ってしまって大騒ぎになったことも懐かしい。
そんな俺も今は銀河高速鉄道の列車の中だ。
フローレを発車した列車はしばらく何処にも止まらずに突っ走っていく。
ちょうど銀河を反時計回りに12時から10時へ進んだ辺り、それが現在の位置である。
(この列車は四年に一度の運行だよね?) (そうです。)
(他にはどの路線に乗ってるの?) (いつもは短距離か観光列車に乗ってます。)
(短距離?) (そう。 ヘムロプタン線とかアマニオス線とか。) (地球からは離れてるんだね。)
(この列車が特急として戻ってくるまでは。)
営業の終わった食堂車で俺はアニーと話している。
時々車掌が思い出したようにコーヒーを飲みに来る以外は訪れる客も無い。
俺はいつかアニーに人間らしい温もりを感じ始めていた。
ぼんやりとしていると彼女が俺の手を握ってきた。
(暖かい。 触ってるだけでこんなに暖かいなんて。) (後悔してるの?)
(してません。 してないけど時々思い出すんです。) (君はまだ人間なんだね。)
精密なコーティングに包まれた体に熱い血は流れてないけど。
でも、より人間に近い感覚を持っているつもり。
手術をしたドクターは私に言っていた。
(恋愛とか憎悪とかそんな素直な感情もそのままにしてあります。
また人間と結婚しても大丈夫なように妊娠出産機能もそのままにしてあります。)
私はこの列車に乗務して数十年、いろんなお客さんを見てきた。
一人で旅行してる人、グループ旅行してる人、新婚旅行だったり、どちらかが亡くなってからの旅行だったり。
でも今回は何かが違う。 私にとってこれが最後の旅になるかもしれない。
あの人に会った時にそれを強く感じたわ。
私は一生この体で過ごさなければならないかもしれない。 でも彼はそんな私を受け止めようとしてくれている。
エネルギー充填装置が壊れた時、それが私の死ぬ時だって分かってくれている。
だから今出来ることを精一杯してあげたい。
アニーは俺の目をじっと見詰めている。
(どうしたの?) (ごめんなさい。 急に見詰めたら驚きますね。 私クリーンオフします。 疲れてるのかも。)
席を立つ彼女は何処にでも居そうな女である。
俺はその後ろ姿がボックスに消えるのを見届けてから食堂車を出た。ガタンゴトンガタンゴトン 列車は今日も同じリズムを刻んでいる。
路線図を見ても当分停車する星は現れない。 通過駅すら無いのである。
暇を持て余した俺は機関車へ行ってみることにした。
資料室を過ぎると自動扉が在る。
(中をご覧になりますか?) センサーが俺に反応した。
(チケットをお持ちであれば見学は自由です。 どうぞ。)
扉が開くと案内人のアンドロイドが迎えていた。
手前にはデータ管理室が有って様々な運行データを車掌が管理している。
その奥が自動制御室で管理室からのデータを基に全てが自動制御されている。
(機関師は居ないのか?) (居ません。 二重三重にコンピューター管理されていますから。)
(それでも何か起きたら?) (運行管理本部のコンピューターはこの列車のサブシステムを幾つも持っています。 それに無軌道保安部隊も控えています。 大丈夫です。)
案内人は最後に俺を運転席に座らせた。
(これが運転席か。 今速度はどれくらいなの?) (現在5685宇宙kmです。)
(って言われてもピンと来ないなあ。) (マッハ1が1宇宙kmです。)
(つまりはそれだけものすごーく速いってことか。) 前方から近付いてくる影が有る。
(あれは何の影だ?) (あれは上りエメロード一号ですよ。)
(そっか。 ぶつかるかと思ったよ。) (客室から見るのとは違いますか?)
(こんなに緊張するものだとは思わなかったよ。 ありがとう。) (いつでも遊びに来てくださいね。)
機関車を出た俺にアンドロイドがお辞儀をした。
(間も無くこの列車は大銀河横断線に入ります。 次の停車駅はトランジット中継駅 トランジット中継駅です。
お乗り換えのお客様はお支度をお忘れないようにお願いします。)
トランジット中継駅は乗り換え線の多い地点に敷設されたジャンクションである。
短距離路線や中距離循環線が交差している。
中でも大銀河横断線は中距離循環線の代表である。
アストロライナーはここから銀河中央部を目指して疾走する。
中央部を過ぎると三時の方向へ抜けて中央環状線の上り線を走ってアンビターナに至るのである。
アナウンスから三日ほどしてようやく列車は駅に到着した。
なるほど、ホームには連絡の列車が何本も停車中である。
一番早い順にコペルハーゲン線 天岩戸線 クリスタルレイン線 アマニオス線と並んでいる。
(すげえ数の列車だなあ。)(いやいや、これはまだまだほんの一部ですよ。)
赤や黄色 緑など様々な色の車体が並んでいて、お宅には堪らない風景である。 しかもそれだけではないと言うのである。
37番線に大銀河循環線の白い列車が入ってきた。
この線は銀河中央環状線の外側を走っていて地球から地球へと循環している。
その隣 40番線にはKC815銀河へ向かうアムロクタン線の列車が入ってきた。
デッキの扉を開けて見とれていた俺を笑う声が聞こえた。
振り向くと微笑んでいるアニーが立っていた。
(食堂車は?) (ここは停車時間が長いのでセルフサービスにしてあります。)
(それで抜け出したってわけかい。) (あなたが立っているのが見えたからここに来たんです、私。)
拗ねて横を向いたアニーを俺は可愛いと思った。
(散歩に行きませんか?) 珍しく彼女が俺を誘ってきた。
(散歩と言ってもここには駅しか無いんですけど。) (あれは何?)
俺が指差した方向には塔が聳え立っていた。
(あそこはこの中継駅の管理塔です。 この駅を発着する全列車の情報が集まっています。)
(アストロライナーも?) (もちろんです。 あそこの最上階は誘導レールの最上部と同じ高さなんですよ。)
アニーはその塔の真下まで歩いていった。
見上げればどこまでも吸い込まれそうな透き通った空が広がっている。
[482列車到着] 壁面に表示が浮かんだ。
(26番線 ナミルブースト行きが入りますね。) (よく知ってるね。)
(何度もここへ来ましたから。) アニーは目を細めて遠くを見た。
横に立っている彼女はとてもテクノ人間とは思えない。
風に揺れている髪もまったく違和感が無いほど自然である。
時々見詰めてくる目も人工眼球とはとても思えないのである。
でも彼女は言っていた。 (エネルギー充填装置が壊れたら死ぬのだ。)と。
どうすればそれを防げるのか、それは彼女にも分からないらしい。 とにかくそんなことをさせたくはない。
俺はいつかアニーが大事な存在に思えてきていたのだ。 恋愛とかそんな簡単な物ではない。
もっと深くて広くて暖かい存在。 そんな気がする。
俺たちはいつかアストロライナーが停まっているホームへ戻ってきた。
夕日が車体を赤く染めている。 その中にアニーのシルエットが浮かんでいる。
食堂車で見ている彼女とはまったく違う影がそこに揺れている。
クリスタルダイヤモンドのボディにエプロンではなくて、何の変鉄もない女の子がそこに居るのだ。
これからの旅はこれまでとはまったく違う旅になるのだろう。 心の中にはいつもアニーが微笑んでいるのだから。
三日後のトランジッタ時間 午前28時 列車は発車した。

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