至宝の小説
『捏造館』の熊侍様から頂いたバレンタイン小説。
二月十四日…聖ヴァレンタインデー
男なら…それも好きな女の子に想いを寄せる男なら気にせずにはいられない一大イベント。
そして彼もまた、そんな心ときめかせる一人の男の子だった。
「………」
彼の名は、風。
並盛幼稚園に通う園児の一人。
そして同時に、ある一人の女の子に想いを寄せる男の子。
その女の子は華奢で小柄で、けれど元気いっぱいの女の子。
けど、風は知っている。
彼女は、自分のことを異性として見てはいないのだと。
自分といると落ち着くと言ってくれた彼女は、けれどそのあと、「もし自分に兄がいたら、きっとこんな感じなんだろうな」とも言っていた。
兄。
それが彼女の目に映る自分。
…自分は、彼女をそんな目で見ることは出来ないのに。
…自分は、彼女が好きなのに。
思い出すことで、一抹の切なさも同時に思い出す。
けれどそんな表情は決して表には出さずに。
今日も彼は彼女に挨拶をする。
「おはようございます、リボーンちゃん」
声を掛けられた彼女が、挨拶を返す。
「おはよう、風」
彼女…リボーンちゃんは笑顔で返してくれた。
園内では既に甘いチョコレートの香りで満たされていた。
それに気付いたリボーンちゃんが顔を上げる。
「? チョコレート?」
「ええ。今日はバレンタインですからね」
「バレンタイン?」
無垢な表情で、リボーンちゃんが風を見る。
まさか…と風が冷や汗を掻いた瞬間、
「なんだそれ?」
リボーンちゃんは笑顔でそう言い放った。
さよなら今年のバレンタインデー。
風は静かに心で涙を流した。
彼女からチョコレートは、恐らく貰えない。
「みんな! おはよう!! 今日はバレンタインだねー!!」
と、朝の挨拶の時間になるとリボーンちゃんたちのクラスの担任…白蘭先生がいつものように無駄に能天気な声で挨拶をしてきた。
「はい。白蘭先生」
リボーンちゃんが挙手をして質問を投げる。
「なぁに? リボーンちゃん」
「バレンタインって、なんだ?」
「バレンタインって言うのは女の子が好きな人にチョコをあげる日でーす!!」
先生、ナイス。
風は内心でガッツポーズを握った。
リボーンちゃんからチョコレートをもらえる可能性がちょっとだけ出来た。
「というわけでこれは僕からのバレンタインプレゼント!! みんな受け取ってー!!」
と、白蘭先生がバッと空中に綺麗にラッピングされた袋を放り上げた。
中に入っているのは、手の平に収まる程度の小さな白い塊…
「…白蘭先生」
「なぁに? あ、お礼はいいよ? これは僕のみんなに対する愛の形だから!!」
「じゃなくて、どうしてバレンタインなのにマシュマロなんですか?」
「僕が好きだから!!」
駄目だこの白蘭先生。早く何とかしないと。
園児たちは心を一つにしてそう思った。
「はい、リボーンちゃんv」
「ありがとう」
お昼休み。
リボーンちゃんは同じクラスのルーチェにチョコを貰っていた。
「でもオレは男じゃねーぞ?」
「白蘭先生だって、男の人なのにみんなにあげてたじゃない。こういうのは気持ちの問題だよ」
なるほど、とリボーンちゃんは頷いた。
ルーチェナイス。
と、その横では風が内心でガッツポーズを握っていた。
いや。待て。
と、風が閃く。
ルーチェの言うとおりだ。
こういうのは気持ちが大事なのであって、なにも自分が受身である必要はない。
自分がリボーンちゃんにチョコをあげればいいのではないのか?
そんな気持ちが風の中を横切った。
そうと決めたら早速実行しよう。風の行動は速かった。
「先生。具合が悪いので早退します」
「ええ!? 大丈夫!? 送っていこうか?」
「いえ、いたって健康体なので大丈夫です」
「どっち!?」
白蘭先生の突込みも華麗にスルーし風は帰った。
そしてそれから時は流れ、帰りの時間になった。
ちなみにそれまでの間、リボーンちゃんとコロネロがドッジボールで一騎打ちをし園の壁がやや抉れるほど白熱したり、それからも先生や園児にチョコを貰ったリボーンちゃんが「持ちきれないから」とたまたま近くにいたマーモンにチョコをあげてマーモンが保健室送りになったり、白蘭先生が遊びに来ていたユニにぼこられたりと色々あったが割合とする。
迎えに来たママと手を繋ぎ、今日あったことを話す。
「チョコたくさん貰った」
「ああ。今日はバレンタインだからな」
「ママも誰かにあげるの?」
「もちろんパパに」
ママが笑顔でそう告げる。
「オレもパパに上げる!!」
風が聞いたら思わず首吊り自殺をしてしまいそうなセリフをリボーンちゃんは笑顔で言い放った。
「そうか。なら、帰ってから二人でチョコを作ろうか。きっとパパも喜んでくれる」
「うん!」
リボーンちゃんはママと帰りに商店街に寄って、手作りチョコセットを買って帰った。
ママと二人でチョコを作る。大きなハートのチョコレート。
上手く出来たけど、材料が少しだけ余ってしまった。
それで作った小さなハートのチョコレート。
「それをおやつにする? それとも、誰かにあげてくる?」
と、ママが聞いてきた。リボーンちゃんは少し考えて…
「誰にあげてもいいの?」
「もちろん。好きな人。お世話になった人。誰にでもあげておいで」
ママに笑顔で言われて、リボーンちゃんはチョコレートを持って家を出た。
「白蘭先生、これあげる」
はい、とリボーンちゃんは先ほど作ったチョコレートを白蘭先生に差し出した。
「え? いいの?」
「うん」
どうやらリボーンちゃん。バレンタインデーを教えてくれたお礼をしたかった模様。
「わーありがとう。でも僕、チョコよりもマシマロの方が…あべs」
セリフの途中で白蘭先生の姿がセリフもろとも消え去った。
横からユニ先生が白蘭先生に飛び膝蹴りをぶちかましたからだ。
隣の部屋まで吹き飛んだ白蘭先生をユニ先生が追う。
「あ・な・た・っ・て・ひ・と・は!!! リボーンちゃんが作ってくれたチョコレートを無碍に扱いあまつさえ別物を要求ってどういうことですか!! ただでさえあなたは…」
そこからあまりにも早口になってユニ先生の声が解析不能になった。
それを横で見ていた入江先生がリボーンちゃんに言う。
「リボーンちゃん。そのチョコはお友達の誰かにあげておいでよ」
「友達?」
「そう。白蘭さんには…もとい、白蘭さんはなんか、チョコはあまり好きじゃないみたいだから…」
本当は白蘭さんには勿体無いと言いたかったらしい入江先生。慌てて別の言葉を選んだ。
「…そうか。分かった」
リボーンちゃんは言葉の通りに受け取って幼稚園から出た。
さて、なら一体誰にあげよう。ルーチェにでもあげようかな?
そう思いながら歩いていると…向こうから見慣れた影が。
風の姿が。
「風」
「え? …リボーンちゃん?」
「具合はもういいのか?」
「あ、はい。すっかり…」
「よかった」
笑顔を向けるリボーンちゃん。
風の顔が赤くなったが、夕日のせいでリボーンちゃんには分からなかった。
「あ、あのリボーンちゃん、」
風が後ろ手に持っていた何かを出そうとする。
が、
「はい。風。これやる」
「え…?」
リボーンちゃんから差し出されたそれを見て、風の動きが止まった。
小さなハートのチョコレート。
市販のものではない、手作りのチョコレート。
「………」
「風?」
「え、あ、いいえ…ありがとうございます」
風は嬉しそうに…本当に嬉しそうに笑って、受け取った。
「帰ったぞ」
「お帰りなさいリボーンさん!!!」
「パパお帰り!!」
帰宅したパパに、ママとリボーンちゃんが笑顔で駆け寄る。
「おい、あまり走るな。また転ぶぞ」
「だって…リボーンさんに早く会いたくて…」
「全く、お前の腹の中には子供もいるんだから、もう少し落ち着け」
と、パパはいとおしげにママのお腹を見た。ママも幸せそうな顔をしてお腹を撫でた。
「あと、リボーンさん…これ…」
「ん? チョコレートか?」
「はい! あのこと二人で作ったんですよ!!」
「そうか…ありがとうな」
と、パパはリボーンちゃんの頭をやさしく撫でた。
リボーンちゃんははにかんだように笑った。
「パパだいすき!!」
と言って、リボーンちゃんはパパに飛び込んだ。
おまけ
「風は?」
「なんか、お返しがどうのこうの言いながら外れ街の方を歩いてるのを見たぞ」
「え? 私は隣町の図書館で見たけど」
「昨日の世界○車窓からに出てたぜ、コラ」
風はリボーンちゃんから貰ったチョコのお返しをなににするかで迷いに迷い、約三ヶ月ほど放浪したとかなんとか。
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