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〜宛メメント
躊躇
思考回路の隅で、警告音が鳴り響く。
今まで培って来たあたしという存在意義が、音を立てて崩れるかの様。
それは駄目よ、と思考の螺旋が悲鳴を上げている。

この男―ユヅキは一体あたしの何を知っていると言うのか。


冷淡な素振りを見せて、あたしを惑わす。
そこに堕ちたら、もう戻って来られない。


「…面白いな、お前。少し話をしよう。」


ユヅキはその黒髪を掻き上げながら、明媚な視線をあたしへ送る。
灰色の、瞳。
それに逆らう事は、何故か出来なかった。


「…話?何の…」


「クレドの事。」


刹那。
あたしの体は凍り付く。


クレドを知っている?
何故この男が…?


一瞬にして頭の中で計算式が出来上がり回答を試みるが、その一択で止まる。
思わず手が震えだした。


「解りやすい反応だな。」


そう言ってユヅキは、至上とも言える微笑を浮かべながら、あたしの震える手を優しく握る。
もしこの世の中に王子様が居るとすれば、こんな風に笑うのかも知れない、と思ったあたしの感情は腐ってる。
ユヅキに振り回されるそれは、もうあたしに為す術を与えない。


「なんで…」


それでも抗った言葉はこれだけで。


ああ、とうとう、駄目なのかも知れない。


「…まあ、知り合いだよ。古くからの。」


ユヅキにはあたしの反応が面白く映っているのか、皮肉混じりで返す。
ムキになってその綺麗な灰色の瞳を睨み付けるも虚しく、ユヅキは至って平然としていた。


「さて、本題。」


優しく握られていた手を離し、傍らに在る赤LARKに手を伸ばしながら、ユヅキの輪郭を追う。
色白でどこか日本人離れした顔立ち。
やはりシルバーのピアスは似合っていて。


それに比べあたしは。
クレドの事を考えればろくに仕事も出来ない、弱い子だ。
頭からブランデーをかけられて、髪もメイクもそれは悲惨な事になっている。
それよりも、この体が、一番、汚らわしいのだけど。


ユヅキは煙草を一本取り出すと火を付ける。
吐き出される赤LARKの煙。
その香りの成分なのか、あたしは頭の中が真っ白になっていく。


クレド、クレド。
あたしは、どうしたらいいの?


躊躇した、あたしの視界。
ぼやけて、目の前のユヅキがまともに見れない、と思った時、
あたしは自分が泣いていると気付いた。


ユヅキはふー、と紫煙を燻らせながら
あたしのベトベトの頭をそっと撫でて、こう言った。


「君が好きなのは、俺じゃなくてクレドだろ?」




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あきゅろす。
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