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〜宛メメント
逃げる


「気が向いた時に、話せばいいよ。無理には聞かない。」


「…気が、向いた時?」


紫煙がくゆる部屋に、澄んだ空気が流れた。
クレドに見惚れた厄介な口元は、知らないうちに同じ言葉を繰り返す。
はっとして気付いた頃には焦りを感じたが既に遅く、クレドは更にその眼で続けた。


「昨日言ったじゃん?
どうしようもなくなった時とか、俺のとこに来れば良い。俺は、逃げたりしないよ。」


逃げる…?
確かに、あたしが今まで見て来た男達は、あたしの元からすぐサヨナラする。
餌目当てで近付き、腹一杯になったら去る。
だがそれは、あたしでさえも彼等から逃げているせいだって知って居る。
他人と深く関わる事が苦手だから、と理由を付けて。


でも何故クレドは、あたしの辿って来た道筋がこうも解かるのだろう?
あたしが言葉を発しなくても、君には解かってしまうの?


そんな甘い考えがあたしの頭を過ぎるが、一瞬で否定した。
だってそうでしょ?
人間に与えられた希望が言語なら、語らない者は朽ちていく。
同様に理解を求めるなら、語らなければ肯定も否定もされない。
あたしはその希望を、自ら受け入れて居ないのだから。


「…何で、そこまであたしに優しくするの?昨日会ったばかりなのに。」


「…さあ、君が美人だから、じゃない♪」


何時になく真面目に質問したのに、クレドの態度は真面目からは遠ざかって無垢な笑みを見せる。
今にも張り裂けてしまいそうなあたしの胸中を、一瞬で暖めてくれる。
君なら、あたしの心に巣食った蜘蛛も
マイナスに凍る古傷も
腐り掛けた脳下垂体に蔓延る悪夢も
全て取り払ってくれるの?
螺旋に囚われたこの蝶と蜻蛉を、救ってくれるの?


そう思いながらまた、眠りに付いた。
窓から射す朝ぼらけの光が優しく包み込み、心地良かった。



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あきゅろす。
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