〜宛メメント 仕事 811と書かれたドアまでの道のりを進みながら、 さらにあたしの脳や神経の至る所まで「仕事モード」に変換していく。 それはヒールをわざと鳴らすカツカツっという歩き方から始まり、 ルージュを再度ひいたリップライン、 パットを詰め込んだ胸の谷間、 太股からつま先まで引き締めるような横紋筋の収縮運動、 最期に前髪を整えると、ドアにノックをして完璧にスタンバイする。 「待ってたよ。」 数秒も経たないうちに、相変わらずのハゲが、顔を覗かせる。 よほど期待して待っていたのだろう。 風呂にでも入ったのか、先程の酒臭さは多少残ってはいるものの、酔いは覚めたらしい。 きっとりと帯を締めた浴衣姿も、幾分か様になっている。 あたしは無表情に視線を逸らし、部屋の中へ入った。 有名旅館のその部屋には、布団が殺伐とベットメイキングしてあった。 枕元にはティシュケースが、寸分違わぬ角度と距離で配置され、 枕も2つになっている…。 さすがに気が利きすぎていて、笑えた。 [←][→] [戻る] |