月三物語 【回帰】 「涼……帰ろう……僕達の……家へ……」 涼ちゃんを訪ねて来た人は、そう言って気を失った。涼ちゃんは真っ青な顔で『竜!!! 』と名前を呼びながら駆け寄る。俺は、救急車を呼ぼうと店に戻ろうとした。 「待って! 救急車は呼ばないで下さい。聡さん……今まで、ありがとうございました……」 俺は、今でも信じられない――涼ちゃんは抱きしめた男と一緒に陽炎のようにユラユラしたかと思うと、一瞬の後には姿が消えたからだ。 その場に残された、綺麗な生け花と血痕だけが――涼ちゃんが、幻では無かったと云える証だった―― *―*―* 『章吾!!! お願い! 竜を助けて……』 竜を見て昔の記憶を全て思い出した。昔の弱かった自分――でも、今は……今は違う。絶対に竜は死なせたりしない! 『涼? どうした? 』 章吾とコンタクトを取れた! 後は私が章吾のところへ《跳んで》行くだけ。 竜を抱きしめて―― 目を開けたら、そこは手術室で章吾は医者の格好で待っていた。 「早く竜君を寝かせて! 兄さん――」 兄さんと呼ばれた人が竜を抱き取り手術台へ寝かせて、私に外へ出てろと言った。 「早く! 感染したら、クランケが危ないぞ! 」 「分かりました。お願い……竜を……助けて……」 最後は声も出ない――ふらつきながらドアを開けて椅子に崩れ落ちる。 『ああ、神様! どうか、竜を……私から竜を取りあげないで……』 手術が終わっても竜は目を覚まさない。私が幾ら話し掛けても…… 「涼、手術は成功したから、じきに意識も回復するさ」 章吾はそう言って慰めるけど、私は不安でしょうがない。このまま目が覚めないのではないか。私を置いて往ってしまうのでは……と。 「ねえ、竜……家に帰ろう。私も一緒に……」 「一緒に? おかしいわねえ……人殺しが何を言ってるのかしら? 」 『――ヒトゴロシ……』 耳の奥で、言葉が何回も繰り返し響く。『ヒトゴロシ……』 映像が走馬灯の様に脳裏に浮かんだ―― 『ああ……そうだった――私はヒトゴロシなんだ――むかし、能力で人を……』 わたしは―― 包丁を振りかざし向かって来ても逃げなかった。 だって、 わたしはヒトゴロシだから…… [前頁][次頁] [戻る] |