月三物語
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最初、依頼が来た時に私は無理だと思った。
だけども、彼女と初めて対面した日に、それは間違っていたと知ったのだ。
何故なら、薬漬けになって居ようが彼女は彼女だったから。
確かに、身体は怠そうに弛緩してはいるが、己を見失わずにいる。
そう、精神など患っては居ないと私は見抜いたのだ。
大方の同業者が彼女、木村小夜が精神薄弱だと診断したが、唯一人私だけが違うと言い切れるのが可笑しいと思われるだろう。
それには理由があるのだ。私だけが理解する事の出来る理由が――
―*―*―
「こちらが、君の新しい主治医の吾妻先生だ。先生、患者の木村……」
「いや、自己紹介は自分で……私は、吾妻啓次郎です。君の名前は?」
二人の看護士に支えられて、辛うじて椅子に座ってる彼女の表現には、人間らしい感情すら見えない。
全く日に当たらない為か、紙の様に白い顔。焦点の合って無い瞳。
半開きの口からは、とめどなく唾液が流れ落ちている。
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