月三物語
出会い
五月の爽やかな風が、開け放した窓から流れ込んでくる。
書類と睨めっこしていた私は、一つ伸びをすると珈琲を入れる為に立ち上がった。
「吾妻(アヅマ)先生、本当ですか? あの患者を診るって!」
私は霞む目を擦り、眼鏡をかけ直すと、声の主を認めて微笑んだ。
「あぁ、神田くんか。そのつもりだが、何か?」
「何かじゃないですよ! あの患者は止めた方が良いですって! 何しろ殺人未遂ですよ?」
私はニッコリと微笑むとデスクに乗った書類をめくりペン先で、そこに写ってる顔を先した。
「彼女は、病に掛かってる」
神田君はポカンと口を開けて、呆れた様に言う。
「当たり前じゃ無いですか! 此処に居るんですから……」
「なら、解るよね。病人に必要なのは?」
「……治療です」
渋々ながら認める彼に、もう言う事は無いと背中越しに手をヒラヒラし「判れば宜しい」と言い今度こそ本当に珈琲を入れに行きながら、彼女について考えだした。
そう彼女、木村小夜の事を――
歪んだ愛情でしか、自分を表す事の出来ない不器用で、哀しい独りの憐れな女のことを――
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