月三物語
T
出会ったりしなければ、そしたら私は今でも窓の外にいれたはず。
光溢れる地上の、誰も何の疑問を持たない日常に。
時たま覚醒しては、思い知る現実。
いっそ、二度と目覚めたくないと、ぼやけた視界で必死に探す。
だけど、この場所には『アレ』など、ある筈も無く。
唯一私が出来る事といえば、声なき声で叫ぶ事ぐらい。
『コロセ、いっそコロシテシマエ……!』
「あの、ZZ-2号の患者さんなんですが……」
まだ新人らしき看護士が泣き叫ぶ女の声に、一体どうしたものかと指示を仰ぎに来た。
「ああ、何時もの事さ。放って置けば直に、静かになる」
先輩看護士は慣れているのだろう、さして気にもしてない様だ。
「ですが、一体何を言ってるんでしょう?」
「分からんね、大方ヤクでも欲しいんじゃないのか? ここに来る前は、結構なヤク中だったらしいから」
「でも、惜しいですよね。かなりな美人なのに……」
今時の若者らしい素直な感想に、先輩看護士は青さと少しの嫉妬を覚えた。
自分にも、そう思えた時期も有ったなと。
けど、じきに彼も俺と同じ風にしか思えなくなる。
患者といえど、普通の患者ではないのだ。
此処は特に違う。特別病棟、重度の精神を患った者達の城なのだと――
世間一般の常識や、まともな会話などは通用しない、引きずられない様に、正気を保てる者だけが介護出来る病棟なのだから。
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