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月三物語
序章

「……だから……駄目………無理で………ざい……」

 意識が朦朧とした、私の耳に入って来るノイズに軽く眉をひそめる。
 二人の人間が、言い争っている中、私は口をアングリ開け呆けた表情をしていた。

 間もなく、だらりと意思もなく伸ばした腕を掴み皮膚が締め付けられ、チクリと痛みが走る。

 また注射を打たれたと分かっていたが、考えるのも億劫で、どうでもよいと意識は混濁の世界へと滑る様に落ちていった。

 深い、深い、底無し沼の中へ足元から沈んでゆく――

 残り少ない、人間としての本能が叫んでいる。
『行っては駄目だ』と。






 あなたは自分でも気付いてますか?


 天使と悪魔、二つの顔がある事を。


 これは、ある女のお話。愚かと思われる人もいるでしょう。
 だけど、もしかしたら誰にでも起こりうる事なのかも知れません――


「君の名前は?」


 耳に心地良い、低音の問い掛けに私はこう答える。





「……サヨ……ワ、わたし…はキムラ、サヨ」



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