月三物語
【二人の母】
走って、後ろを振り返らずに走る。いつの間にか駅に着いていた。涙を拭き、切符を買うために窓口まで歩き出した時――
「お兄ちゃん!!! 」
振り向くと母と美鈴が立っていた。
「勝手に居なくならないでよ! お母さんだって、ずっと待ってたんだよ。お兄ちゃんがいつ来るか、来てくれるのかって」
美鈴が泣きながら僕の懐に飛びこんできた。
「……母さん……僕は……」
妹を抱きしめる。母も妹ごと僕を抱き締める――頬を伝う涙のせいで母の顔がよく見えない。
母さん……ごめんなさい。そして、ありがとう……
***
いま僕は、涼の母さんの店にいる――涼よりも先に会っても良いのかと考えた。
でも、会いたい。会って話を聞きたい――涼のことを。
「すみません……ママさんは?」
カウンターとボックス席が三つだけのこじんまりした店で、若いホステスに聞いた。
「ママ〜お客さんが呼んでるわよ〜! 」
狭い店内だから、席から呼び掛けるだけで聴こえるのか、奥から返事があり、しばらくして現れた涼の母は、僕の顔を見ると笑顔を凍りつかせた。
「……に、二階に来てくれない?……」
カウンターの奥には階段があって二階は住まいになってる様だ。上がってソファーに座ると、涼の母―祥子は震える指で煙草を取りだし火を着けて、煙をはき出した。
「それで? 美月のお坊ちゃまが、わたしに何の用があるの? 」
一息にそう言うと、視線を反らし、もう一服する。
「……聞きたいんです。涼のこと。父さんとあなたのことが……」
彼女は今度こそ僕を真正面からじっと見て微笑んだ。
「あなたは……似てるわね。お父さんにそっくり。あの人は、渉は元気でいるの? 」
その瞬間、僕は判ってしまった……この人は……いまも父を愛してるのだ。
「元気でいます。家はなくなってしまいましたが、前よりも生き生きとしてますよ……」
「そうなの……あの子は? あの子は元気なんでしょう? 」
涼のことだ……自分が捨てた娘のことが気になるのか?
「……涼は……元気です」
ホッとした顔は涼に似ていて、目頭が熱くなる。
「あなた……大丈夫? どうして泣いて……?! 」
涼の母さんは話してくれた――悲しくて辛い過去の話を――
店を出た僕は、看板を見上げる。
店の名は――【りょう】
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