月三物語 【告白】 父は黙っていた。僕は父が話をするまで待っている。長い間沈黙を貫いてきた父はポッリと話出した―― 「祥子と私は学生時代から愛し合っていた。勝ち気で自由奔放な彼女は誰よりも美しかった」 *** 「渉!(わたる)わたしは女優になるわ! そして、あなたと結婚するの! 」 彼女ほど自分の容姿を自覚している女はいなかったと思う。そして、私を愛してると言っていたのは真実だったと今では判る。 ある日彼女は妊娠した。私の子だった。彼女はオーディションを片っ端から受けていた時期で、私の妻になるよりも女優になることを選んだ。 祥子が受けたかったオーディションの三日前に、私達の子は生まれることも出来ずに処理されてしまった。 「だって……どうしても女優になりたかった! 子供なんかは後からだって産める。でも、女優になるのは今しかないのよ! 渉、赦して……お願い……」 自分がしたことの罪よりも私が去ってゆくことの方に恐怖を感じていた祥子の傍から離れる事が出来なかった。 今思えば、あの時祥子から離れていれば祥子の人生は違ったものになっていたかも知れない。 そして、お前達の運命も―― 表面上は何にも気にしてはいないように見えたが、祥子は少しづつおかしくなっていった。 なによりどうしてもなりたかった女優のオーディションに落ちた時から―― そして、二ヶ月が過ぎた頃、祥子は信じられない事を言ったのだ。 「渉! 赤ちゃんが出来たわ! あなたと私の子よ! 」 あり得ない――あれから私達は一度も、愛し合ってはいないのだから…… その日――私は祥子を残し、家を出ていった。 後から祥子はオーディションに来ていた審査員の一人と寝たと祥子の劇団仲間から聞いた。 女優デビューをさせてやるから一晩付き合えと。子供を下ろしてまで欲しかった女優の仕事のために抱かれた事実が祥子の精神を蝕んでいったのかも知れない―― *** 「じやあ……」 「ああ、お前達は姉弟ではない」 驚愕の事実に僕はただ、ジッと父を見つめることしかできないでいた―― [前頁][次頁] [戻る] |