月三物語 【真実】 「お世話になりました……」 退院の日――父が迎えに来て一緒に挨拶をした。意外に思ったのは、人に頭を下げるのは嫌いだとばかり思ってたから。 「竜、行くぞ……」 名前を呼ばれたのも、いつだったか思い出せない。それぐらい子供には興味がない人だったのに。 歳を重ねただけ人は丸くなるのだろうか? では、僕は? 歳はとっても生きてきた訳ではない。 いきなり目覚めて十代の高校生から二十代のなかばになった僕は……歳をとったと言えるのだろうか?―― 「ここが、今の住まいだ……」 父が連れて来たところは、何処にでもある古ぼけたアパートで、よくそこに住む気になったと感心したぐらいだ。 サビて音の煩い階段をカツカツと上がり、一番奥の部屋がこれから僕が住む事になる205号室だ。 中は男の独り住まいらしく、雑然としてたが神経質な性格なため、塵ひとつ落ちてない。 「父さんは今、どんな仕事をしてるの? 」 目覚めてから初めて僕の方から父に話しかけた。 父は……意外な事に、込み上げてくる笑いを隠さずに言った。 「今は、タクシーの運転手をしている。最初は、お客さんとの会話が苦手だったもんだが、今は楽しむゆとりが出てきたよ」 僕は馬鹿みたいに口をポカンと開けていた。急に父が知らない人に思え、自分の父の印象が音を立てて崩れていった―― 「……父さんは、僕の事が嫌いだと思っていたよ……」 僕の言葉に父は心底驚いたみたいだった。そして、哀しそうに言ったのだ。 「どこの世界に我が子が可愛くない親がいる? 」 「じゃあ! 涼は? 涼だって、父さんの子だろ? だったら……」 父は目を瞑り首を横に振った。 そして……真実を僕に告げる―― 僕の運命を変える言葉を―― [前頁][次頁] [戻る] |