[携帯モード] [URL送信]

お題小説
B

「お気の毒ですが……娘さんの、視力は……」

 担当医の宣告を最初に悲しんだのは母だった。私? 私は馬鹿みたいに呆けた顔で他人事の様な反応をしていた。

「なんで……智子なんですか?!だって、まだ高校生なんですよ?……これからなのに、人生まだ始まったばかりなのに……」

 母も自分では判っていたのだと……世の中にはどうしょうも無い運命と云う物が……あるのだと。
 だから、あっくんとは別れた。どうしても言えなかったから……
 あっくんの優しく、はにかむ顔も、少し照れ隠しに怒った顔も、全部私の記憶に閉じ込めて置きたかったから。

 彼の悲しんだ顔なんか絶対見たくなかった。だって……最後にあっくんを見た顔が、泣き顔なんて……余りに哀しすぎる。

***

「智ちゃん。本当に、大丈夫?
一緒に行こうか? 」

 母が心配そうな声で言ってきた。もう、心配性だなぁ母さんは。
「大丈夫だよ、ちゃんとカイルが居るじゃない。失礼だよ、カイルに対して、ねぇカイル? 」

 私が相棒の名前を呼ぶと、カイルは喜んで返事をした。まるで、(そうですよ、ご主人さまは僕が守りますよ!)と言ってるみたいに。

「じゃあカイル、智を頼んだわよ」
 母は、カイルを撫でたのだろう。側でカイルの尻尾が千切れんばかりに振っているのを感じる。

「行ってきま―す」

 家の方向を向いて、元気よく声を掛けて道路に出た所でカイルがピタリと止まった。

「カイル、どうしたの? 何かあった? GO!GO! 」

 掛け声を掛けても、一歩も動かないカイルを軽く睨み、手を伸ばした時、ソッと抱きしめられた。
 誰、なんて聞かなくても判った。――あっくん……

「……サト……ずるいよ、一人で勝手に決めて居なくなるなんて」
 懐かしい、あっくんの声……
光りが見えなくなった時でも、泣かなかったのに。堰を切った様に流れる涙を止めずに、あっくんにしがみつき泣いた。


***

「リコ、綺麗だ……」

 式場で淳史が言った。「当たり前でしょ」と、私は言ってドレスの裾を持ち、バージンロードを父と腕を組み歩きだす――

 一斉に拍手が沸き上がり、感動で早くも涙ぐむ私の目に、淳史とサトさんが赤ちゃんを抱いていて、隣には義理の妹もいる。

 白いタキシードを着た旦那様はやっぱ格好良い。

 淳史め、私を振って後悔するなよ。

今日から私の苗字は加藤になる。


 END




[前頁]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!