月夜に乾杯 改訂版 白髪赤眼のコック どこを見渡しても真っ白な銀世界で僕を呼ぶ声がする。 呼ばれるままに足を出そうとして腰まで一気に沈み込んだ。 有り得ない……コレは夢なんだと頭の隅では判っているのに、夢の中の僕は、情けないほど焦ってもがいている。 ずぶずぶと底無し沼の様に沈んで行き、やがては完全に潜り込んでしまって僕の意識は薄らいで逝きながら思わず呟いた……雪男なのに。と…… 「どうしたんだ? 珍しいな、雪彦が寝坊するなんて」 完璧に寝坊して焦ってキッチンに入って行った僕に、一狼さんが心配そうに聞いてきた。 「すみません……変な夢を見てしまって。いま、朝食を作りますね」 見ると、一狼さんが作ったのだろうトーストと目玉焼きがテーブルに置かれている。 もちろん目玉焼きは丸い形ではなく型に填めたのか、ハートの型になっていた。 「悪いな、雪彦……後は頼む」 見なくても分かる。 多分キッチンは酷い有り様だという事が――仕方ない、寝坊した僕が悪いのだから。 皆が起き出す前に、片付けて朝食を作らなければ。 微かに息をつき、キッチンへと入って惨状を目の当たりにした僕は『頼むから、調理は僕に任せて欲しい』と切実に思った。 「おっはよ〜お腹空いたあ〜」 かんなが起きてきた! 大変だ、早く支度しないと…… 「なあに? こんなチンケな朝食なんか、あたしは嫌だよ〜」 多分、いや、随分と一狼さんは気分が悪くなった筈、満月の日でなかったのが唯一の救いだった。 「かんな、いま作りますからね。少しだけ待ってください」 素早く材料を揃え、手元を見ずに包丁を動かし、フライパンを熱しながら皿を出す。 自分の手際の良さに満足しながらも、壁に架った時計に目をやり時間がない事に気付いた。 「かんな、悪いけど自分でご飯よそってくれないかな? 時間がないんだよ。一狼さんも遅れますよ……」 慌てて、一狼さんが玄関まで走って行く音が響き、かんなが少しふてくされて、一狼さんに怒られたと言って来た。 「本当に一狼ってば、直ぐ怒るんだもん。雪彦もそう思うでしょ? 」 同意を求められ、時間がない僕は素早く頷いた。 「かんな、僕は行かなくちゃ。後片付けはしないで良いからね」 最初の講義は遅れる訳にはいかない。 久しぶりに必死で走り学校にはぎりぎり間に合ったのだった。 [次#] [戻る] |