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あたたかいみるくをください
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 青年は本当に買い出しに出てくれた。
「せめて食事をしてから」と引き止めたが「着るものがないと大変だろ?」と言って、ホテルにチェックインしてからすぐに出かけて行った。
 買い出しに行っている間にシャワーを使うといいと勧められて、青年が出掛けてすぐにルームサービスを頼んでからバスタブに湯を張った。
 待っているひとりの時間。
 彼はぐるりと室内を見回した。
 落ち着いたダークブラウンとサンドベージュの配色で統一された室内は、さすがは一流のホテルだと思う。
 広いツインルームにゆったりとくつろげるソファーセットが設えてあり、テーブルの上にはウェルカムワインとフルーツが盛り合わされたバスケットがある。
 本当はこの部屋に彼女と来る予定だった。
 ここを予約するときはこんなふうに一人で泊まることになるなんて考えてもみなかった。まだ付き合ってもいない相手に自分は何を期待していたんだろうと思うと、今更ながら可笑しくなってきた。
 やがて、ホテルの客室係が、オードブルを乗せたワゴンを押してやって来た。呼鈴に応えてドアを開けた彼は、室内のテーブルの上にそれを届けさせた。
 オードブルとワインとグラスがふたつ。本当は彼女と向かい合って語り合うはずだったテーブル。彼は複雑な心境でセッティングを見届けて、客室係を見送ってからバスルームに入った。
 アメニティの中に入浴剤があった。そのバラの香りのバスソルトをバスタブに入れて、冷えた体を湯に沈めた。
 身体が溶けてしまいそうなほど疲れていた。温まってバスタブから立ち上がった時には、余計に身体が重く感じられた。
 体を洗ってシャンプーも済ませてから、汚れたズボンと下着を洗った。
 どうしてこんなに酷い目に遭うんだろう。と、彼は落胆していた。
 待ちに待った、ようやくこぎつけたデートだった。高嶺の花だと知っていたから、デートに応じてくれたのは奇跡であって、本当は自分のことを好きで、誘われるのをずっと待っていたんじゃないかとさえ思えた。
 今日に至るまでの間にそんな思いが膨らんで、絶対に彼女は自分のものになるんだと確信していた。だから、これからのことを考えて緊張しすぎた。
 女性と付き合ったことなんて一度もない。デートはおろか手を握ったことも小学校の時以来経験がない。もちろん童貞だから、今夜のことを想像すると興奮しすぎて目眩がした。
 緊張して、失禁寸前でトイレに駆け込んで脱糞して、そのまま失神したなんて情けないにも程があるが、人間二十五にもなって異性経験がないと、プライドと期待ばかりが育って緊張もするだろう。
 彼は冷静に事態を整理して、自分の失態を正当化させていた。
 そんな事を考えてシャワーを流しながら無心に床に屈んで洗濯をしていると、不意に冷たい空気が足元に流れてきて。気になって振り返ると全裸の青年が入ってきた。
「下着買ってきた。Mでいいよな?」
「……はい。えっと……それは?」
 彼は、青年がバスタブの縁に置いたものを見て尋ねた。
「ゴムとローション。ついでに買ってきた」
 色々と自分の理解の範囲を超えている状況だ。けれど、青年があまりに自然に振る舞うから、彼は何も返せないでいた。
 そして、青年の美しい身体に茫然と見とれてしまう。
 肩幅の広い逆三角形の上半身は、豊かな大胸筋に包まれて、それが腹と腰にかけて締まって、また張りのある大腿に繋がっていた。上腕もバランスよく発達している。
「すごく……いい体ですね。何かスポーツでも?」
「ああ。スイミングクラブで、インストラクターやってるんだ。あんたも来いよ。いい体にしてやる」
「え?ホントにそんなふうになれるんですか?」
「毎日泳いでいれば自然にこうなるよ」
 爽やかな笑顔を向けられて、憧れが彼の心を満たした。




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