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「なんで?なんでおれ?」

「仕事として割り切って性行為が出来るからだろう」

 なんつー身も蓋もない。

「それが『特営』だ。おれはその部分を買われたと思っているんだが。おまえもそういう仕事をしてきたんじゃないのか?」

 おれは『特営』っても、セックスはしないことが多かった。していたのはプレイだ。
 相手の望みを叶えて達かせて、ひとときの愉悦を与えてやる。
 おれ自身はそんなプレイには欲情しないし、だから相手は割り切っているおれを求めてきたんだ。

 枕がいいからって言っても、おれの場合はセックスが出来るって事じゃない。

 なのに、コイツは淡々と事を進めていく。

「おれ……仕事でセックスなんて、あまりやってない」

 室内は分譲マンションの一室みたいで、ここがオフィスビルの一角だなんて思えなくなる。

 ベッドにテスト対象のラバーシーツを敷く青幡は、おれを一瞥しただけで何か考えを巡らせているように無言で作業を進める。
 黒い光沢のあるそれは、何のためのシーツかがあからさまでぞっとした。
 水分も、蝋もはじいて、後始末が容易いように作られたものだっておれでも分かる。

 青幡は、シーツを敷いたベッドに腰掛けて、部屋の入口に突っ立ったままのおれを見つめた。

「辞令を受けた。それはもう決定事項で返上は出来ない。無理だというなら自主退職するしかないだろう。……だが、おれは嫌だ」

 青幡は決然と言い切った。その表情には、こんな訳が分からない職種に就いてもなお、プライドを失わない強さが見える。

「アダルトグッズ販売事業。上等じゃないか。商品をテストしながら市場をリアルに操作する。切り口は違っても、ビジネスの最前線に切り込む足掛かりになる。……おまえは、さらに高みを目指したいとは思わないのか?」

 自分は、主に統計を基にした情報管理を職にしたいと思っていた。事実を統計から導き出し、業績を上げるための問題点を過去のデータを基に分析評価する。観察と分析。情報の整理と再構成。そして、業務分析後の経営指導と、プレゼンテーションの資料として役立つ情報を提供する。

 これは、もしかしたら、一足飛びのチャンスなのか?

 青幡の言葉を聞いて、おれはその可能性に身震いした。

 図らずもマーケティングリサーチの最前線に置かれたおれたちは、製品開発や、製品のコンセプトを消費者にプロモーションできる立場になった。自分の仕事に新たな展開を生み出す可能性を得たんだ。だとしたら、本気でこの仕事に挑まなければダメだ。

 この仕事をやりたい。やり抜きたい。

 おれは、セックス産業の部分はさておいて、おれ自身が一番やりたかった仕事に一歩近づけたことに高揚してきた。

「……おれがやりたかった仕事は、マーケティングリサーチ事業で。本当は経営コンサルタントが目標だった」

 おれは腹を据えた。おれのその言葉に、青幡は目を見張って、そして、抱擁するみたいな優しい笑顔を浮かべた。

「その夢……叶えてやる」

 おれの野心が、澄んだ瞳で決意を告げる青幡の声に射貫かれた。忘れそうになっていた夢を思い出させてくれたコイツとなら、天辺まで上り詰める事が出来るんじゃないかとか思えてきた。

「じゃあ、まずはオナホだな。サンプル多いから中を確認してみよう」

「え?」

 理想に高揚した気分が現実を前にして萎えかける。

「仕事はもう始まっているんだ。今回の製品に関してのレポート期限は三日後。ぼやぼやしてられないだろう?」

「ああ……」

 製品の安全性と、規格に適しているかをチェックする。特にデリケートな部分に触れるものだから、欠陥があってはならない。
 青幡は、そんなことを解説しながらパッケージを開けて、肌色のナマコのようなプルプルしたモノを手にした。

 おれはまだ少しだけ抵抗を感じる。
 同僚と一緒にオナニーしなきゃならないなんて、考えられないんだけど。

 そんなおれの迷いを察したのか、青幡はナマコをハサミで切り開きながら何気なく話し出した。

「『特営』に健気なやつがいるなって思っていた。自分の優遇された立場に驕るでもなく。業務を卑下する事もなく。辛い時も笑って自分をコントロールしていた」

 え……?なに?

「辛いとか嫌だとか言えないんじゃなくて、言わないプライドがあって……」

 なに……言ってんだ。

 それって、おれの事?なんでおれが『特営』だって知ってたんだ?

「単純な造りだな……」

 言いかけた言葉は、結論を示さないままで。
 割いたナマコを足元の紙袋にそのまま戻してから、青幡はまた新しいパッケージを開けてナマコを取り出した。

 そして、ローションのチューブ片手におれを呼ぶ。

 おれは、ここで求められている役割を思い出した。

 なんかもう、どう足掻いてもこういう道しかないのかな。

 いや、ここでめげてはダメだ。
 これはあくまでもリサーチであり、市場を掌握するための……。

 そんな事をグルグルと考えながらベッドに近付くと、青幡は突然おれの手を引いて抱き寄せた。

 そして、そのまま抱きしめられたおれは、青幡の腕の中でキスを奪われた。




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あきゅろす。
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