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 五月の連休が終わって出勤すると突然上司に呼ばれて、営業本部長を訪ねるように命じられた。

 何かまずい事でもやらかしたか?と身に覚えのないトラブルを色々予測しながらオフィスに入ると、ロマンスグレイの渋い二枚目が、重厚なデスクにはおよそ不似合なパソコンに向かっていた。

 今は一線から退いているはずのこの本部長は、現役時代は営業のトップだった。
 未だに相手が大物である接待の席には必ず現れてその場を支配する。今もきっと接待の日時の調整メールを確認していたに違いない。

 そんな状況で切り出されたのが移動の辞令だった。

「急な事で申し訳ないのだが」と前置きがあって。いとも簡単に「これからすぐに向かってほしい」と、まるで厄介払いでもされるみたいに私物だけを持たされて。それまで文字通り身体を張って頑張ってきた職場を追い出された。

 せっかく営業の仕事を覚えてこれからって時に、ずいぶん中途半端な人事だ。

 自分では上手くやってきたと思ってたんだけど。
 窒息プレイで取引先の常務を失神させたのがまずかったかな……。

 向かった先はマーケティングリサーチ事業の企画部。
 高層ビルの中層階。
 そのフロア全体が一つのセクションで構成され、奥には管理者のオフィスが並んでいる。

 そこは同じ本社ビルの中なのに、オフィスデザインがまるで違う。
 フロア全体に低いパーテーションで区画を作り上げ、スタッフは個室のようなスペースでデスクに向かって業務に集中している。
 ゆとりのある自由な空間。
 クリエイティブなセクションは違うな……と思った。

 おれはそのままフロアを突っ切って、指定通り奥に並ぶオフィスのひとつを訪ねた。
 促されて中に入ると、カジュアルな服装しか見かけない部署でありながら、おれと同じスーツ姿の社員がデスクの前に立っていた。

 スーツのくせに珍しい短髪。身長は190近くありそうな、デカくてガタイのいい男前だ。
 スーツの中はどんなんなってんだって思えるくらい、ズボンの太腿の部分までパンパンに張っていて力強さを感じさせる。

 どうやらそいつもおれと同じく呼び出されたらしい。

「御厨くん、彼は衛生材料部門の営業をしていた青幡くんです。君とは同期だ。今日からここで一緒に組んで働いてもらうから、仲良くね」

 正面のデスクから、洒落たシャツを着こなした管理職らしい人物が、男前なスーツにおれを紹介してくれた。

「はい。はじめまして御厨渚です。よろしくお願いします」

 おれが挨拶をすると、青幡と呼ばれたヤツは軽く会釈を返してきた。

「どうも、はじめまして青幡です」

 重厚なデスクの上の、企画調査課課長と記されたネームプレートは、自分の事を何も語らないその主を示している。
 一分の隙も無さそうな切れ者っぽく見えるのに、妙に柔らかな物腰のこの男が課長なのだとしたら。今日から彼がおれの上司だという事になる。それなのに改まった挨拶もないまま、話はどんどん進められていた。

「君たちには商品の社内モニターになってもらいます。オフィスをひとつ構える事になるから、重要な役割だと認識してほしい」

「モニター……ですか?」

「市場に出る前の製品のチェックです」

「わたしには専門的な知識は何も……」

「専門の知識は必要ない。感想や意見を率直に聞かせて欲しいだけなんだよ」

 意外な業務内容に疑問が生じる。何だか胡散臭い。怪しいサプリメントの生体実験とかだったら嫌だな。

「君たちの営業はすばらしく好評だった。それをぜひ生かしてもらいたい」

「営業を生かすということは、『枕』のことですか?」

 青幡が確認した。

 コイツも枕やってきたクチかよ。
 つか、枕がなんで関係あるんだ?

「そう。モノは大人の関連商品だからね」

 課長は意味深に表情を緩めた。

「オトナの?」

「そう。……大人の」

 なんだその間は。思わせぶりな言い方がやっぱり胡散臭い。

「早速ですが、これの商品化を進めていいかどうかをテストしてください。オフィスはこのフロアの一番奥。それと、他社から商品の売り込みがあったので、これもテストして」

 課長が青幡に再生紙素材の紙袋を渡した。それはずっしりと重そうで、テスト商品とやらが入っているに違いない。

「業務要綱と企画説明書。パソコンのデスクトップにも貼り付けてあるから同時に確認してください」

 続いてファイルが渡された。分厚い。
 課長は淡々と説明を続ける。

「当課はフレックス制ですから、社内での勤務時間は一日八時間を守ってくれたらそれでいいのですが、セキュリティの関係上二十二時から六時の間はオフィスからの出入りは禁止しています。持ち帰り残業は、提出レポートによっての事後承諾となります」

 家に持ち帰った仕事にまで残業代が出るなんて、法外すぎないか?
 そんなおれの疑問をよそに、課長は淡々と説明を続ける。

「商品は一つ一つ丁寧にレポートしてください。そのためにはじっくり時間をかけて取り組んでほしい。しかし、レポートの提出期限はサンプルごとに決められていますから、それは守ってください」

 課長はひと仕事終えたような緩んだ表情でおれたちを見た。もう用は済んだとでも言いたげで、おれは不安になった。



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