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清流に棲む魚
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 学会がつつがなく終了し、その発表を最後に大学の医局を去った須田は、いささかの心残りもなく東京を出た。しいて言えば、今まで担当してきた患者に対して、何の挨拶もできなかったと心が痛む。
 本当は学会に出席するのも嫌でたまらなくなっていた
 けれど、嶋崎のたっての願いでそれまでの研究結果を発表し、置き土産のように会場でのディスカッションを活発にしてきた。

 一週間後、北海道にやって来た須田は、空港まで迎えに出て来てくれた嶋崎に、閑静な住宅街にあるマンションの一室に案内された。
 遠方から札幌市にやって来る研修医のために用意された部屋は、独りで住まうには広すぎるほどで、それは家族を伴ってやってくる医師も受け入れるためだと嶋崎は教えてくれた。

 引っ越し荷物は搬入された後で、後は荷をほどくだけの状態だった。
 大型家電だけではなく、ソファーやベッドまでが異論を挟む余地がない場所に設えてある。

「小児科の篠田先生と、ギネの曽我先生が受け入れを引き受けてくれたんだ。落ち着いたら礼を言うといい」

 段ボールは適所に種分けされ、カーテンまでが取り付けられている。こんな繊細な気の付き方は、女性の仕事かと思えた。

「おふたりの先生方は女性ですか?」

「いや、研修医だから使われたんだ。女性医師陣は家庭持ちばかりで忙しいんだよ」

 嶋崎は屈託なく笑って答えた。そして整然とした室内を見渡す。

「──随分ときれいだな。多分これは曽我くんの仕事だろう。篠田くんは助手だな」

 嶋崎までが感じていたらしい事で、須田は曽我という研修医に興味が湧いた。
 生真面目で、仕事は絶対に妥協しない完璧主義の男だろうと予想した。
 女にとっては医師という肩書きと収入目当てだと割り切ってしまわないと、共に生活をするのは苦痛だろうと思えた。

 それを、下種な勘ぐりだなと、自嘲した。



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