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清流に棲む魚
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 午前の外来診療を終えた、暑い夏の日の午後だった。

 医局とは少しだけ離れた別棟にある教授の研究室に突然呼び出された須田は、その理由も予測できずに釈然としないまま研究室のドアをくぐった。

 研究室には教授と眼科部長が控えて須田を迎えた。
 その重苦しい圧迫感を感じさせる雰囲気は、釈然としない須田を緊張させた。

 決して快い類の話ではない事くらい、容易に察して取れる。

「須田くん」

 おもむろに、正面のデスクについていた教授が重々しく口を開いた。

「はい」

 エアコンが効いた室内でありながら、午後の陽光は眩しすぎて須田を不快にさせる。

「最近、君に関してする好ましくない噂を耳にしてね……」

 教授の示唆するところが掴めず、須田はまだ釈然としない。

 自分の医療に対する姿勢には自信を持っていた。
 噂とは、やっかみからくる嫌がらせかと思う。

「今朝、わたしの元にこれが届いた」

 教授はデスクの引き出しから、封筒と共に数枚の写真を机上に投げ出した。
 それを見た須田は、表情を凍らせて言葉を失った。

 そこには、須田が年若い男性とラブホテルに入っていく姿が写っている。

 相手の男とは確かにそんな関係だったが、それでも、こんなホテルに入った覚えはない。
 須田は色を失った。

「――これは合成です!いくらでも捏造できる。わたしはこんな場所など行った覚えはありません!!」

「投書も添えられていてね。病院としてのモラルを疑うとある」

 部長の言葉が追い討ちをかける。
 須田は、全身から血の気が引くような、不快な感情に呑まれた。

「違う……。これは事実無根の嫌がらせだ!!」

 須田は感情的になっていた。
 それは、あたかも真実であると認めているようで、ふたりの上司への印象をさらに悪くしてしまった。

「例え何者かの悪意による捏造だったとしても、悪意を抱かせる何かがあったという事であり。そういう醜聞は病院側としても不利な立場に立たされる。体面を保つには、これは非常にまずい事なのだよ、須田くん」

「残念だ。君には期待していたんだがね」

 ふたりの、暗に諭すような口ぶりに須田は戦慄した。

「わたしに、辞職しろと?」

 それはいわゆるゲイバッシングだ。

 それが外部からのものだったからには、この現実は病院イメージのマイナス因子になる。

 ふたりの上司も辛い立場にあった。



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あきゅろす。
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