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清流に棲む魚
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「須田先生」

 病院内を手術室に向かう途中、須田は背中からかけられた声に気づいて立ち止まった。
 振り返ると、カンファレンスで治療方針を共に検討した同期の眼科医が歩み寄ってきた。

 肩を並べて歩き出してから彼は須田に報告した。

「先日のあの翼状片の患者、大腸ガンが見つかってね、肝機の上昇は肝転移によるものだったよ」

 須田は驚いた。まさか、そんなに悪いものがあったとは思わなかった。

「現在内科に入院中で……。診断がついたんで、明日家族にインフォームドコンセント(IC)するらしい」

 転移を起こしているガンには、外科的に対応する根本的治療は望めない。翼状片の治療など二の次の状態と云える。

「そうか」

 患者や患者の家族の事を思うと胸が痛む。
 須田はそれ以上何も云えなかった。

「先生に指摘してもらって良かったよ。早く対応できたのは幸いだった」

 真摯に現実を受け止めている彼の様子に、須田は珍しく同情した。

「良かったら、今夜飲みに行かないか?僕は部長の硝子体のオペに入るんだが、6時には終わるから、それからでも……」

 須田はその申し出に、笑顔で応えた。





 その後、彼とは何かと親しく交流するようになっていった。

 須田の歯に衣着せぬストレートな物云いに、臆せず反論できる人間はおよそ彼くらいのものだ。
 人と議論をたたかわせて、そこから様々な学習をする事を好む須田にとって、彼は実に良き同僚となった。

 実際、彼は優秀な男だった。

 プライドが高くとも、それが根拠のある自信である事を須田は知る事になり、そんな彼に須田はいつしか信頼を見せるようになっていた。




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あきゅろす。
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