清流に棲む魚
18
週の半ば。
それまで混み合っていた外来は、やっと落ち着きを見せていた。
連休明けの週初めは、休む間もなく診療と手術に追われて大変だった。
自分はまだ若いつもりでいたが、こう激務が続くといささか疲労が溜まる。
最近、嶋崎がずっと体調を崩しているようで、それも気がかりだ。
尋ねても「大丈夫だ」と、笑顔で返してくる。
そんな笑顔に腑抜けになっているわけにもいかず、少しでも嶋崎の負担を軽減したいと業務に集中した。
午後になって診療中の外来に一本の内線電話が入った。それを受けた看護主任が外来診療中の須田に状況を伝えてきた。
「硝子体手術の執刀が佐藤先生に変わりました。助手に広川先生が入らなければならないので、先生おひとりで外来診療を守っていただきます」
「え?嶋崎先生は?」
「……実は」
看護主任が伝えた事実は須田を大きく動揺させた。
術前の手洗い中。
それまで上腹部の重苦感を覚えていた嶋崎は、突然の吐き気に襲われて手洗い場に吐血した。
丁度嶋崎と一緒に術前の手洗いをしていた産婦人科の藤本医師がスタッフを呼んで、嶋崎はすぐに内科の救急外来に運ばれた。
「先生は……?」
「まずはカメラで確認するそうです。それ以降の事は聞かされていません」
須田は茫然としていた。
看護師の伝えてくることが現実として頭に入ってこない。
動揺を察した看護師は、須田に声を掛けた。
「まず、オペが終わるまでは頑張りましょう。終わったら広川先生も外来に戻ってきます。……嶋崎先生の事は、内科にお願いしましょう」
諭されて、須田は我に返った。
個人的な感情も、集団としての感情も、嶋崎を案じている事には変わりない。
自分一人で動揺して混乱していた事を知って、須田は気持を整理した。
動揺しても始まらない。
今の自分にはしなければならない事があって、自分の力はここで発揮されるべきだ。
吐血した嶋崎を自分が診る事が出来ない以上、それは内科に任せるしかない。
本当は傍に居たい。
けれど、それは多分、全ては自分のためでしかない。
傍にいて安心したいのは自分だ。
自分は、自分のやるべきことをしよう。
それを嶋崎も望んでいるだろう。
須田は、診療単位が一診になったとアナウンスする、事務員の声を聴いて端末に向き直った。
待ち時間が長くなることをお詫びしている。
須田は、少しでもそれを解消しようと診療に集中した。
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