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清流に棲む魚
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「――あなた方は揃いもそろってこういう店に来るような人種なわけ?」

 密かなゲイ御用達のサロン。
 しっとりと店内を満たすジャズピアノの調べが落ち着いた会話の合間を埋める。
 そんな店内の品格は、彼らをリラックスへと導いた。

 上品な店内には男性客だけが集い、柚木は浮いた存在になっている。
 私服に着替えると、栗色の長い髪と華やかなはっきりとした目鼻立ちはなかなかゴージャスで、飲食店の経営者にも見える。

 彼女の遠慮のない指摘に男たちは苦笑した。

「限定されても困るんだけどね」

 須田が答えると、曽我がつけ加える。

「限定品はおれだけですから」

「限定品だったんですか?」

 緒方は驚いて曽我を見つめた。

「そう。おれたちは不純物が混入しているからね。柊司とは違う」

 ゲイとバイセクシャルの違いを示唆する須田は、曽我を苗字ではなく名前で呼ぶ。
 それに気づいた緒方は、彼らの親密な関係に気付いた。

「名前で呼び合う仲だったんですね」

 さらに驚く緒方に、須田は穏やかに笑った。

「おれたちには立場上の問題があるからね。万が一にも知っている人に会ってはまずいだろう。職種や姓で呼び合って、バレてはいろいろと面倒な事にもなりかねない。……だからこうやって自己防衛しているんだよ」

 須田の持論は、柚木にもよく理解出来る。

「ここにいるのは、素の自分たちだからね」

 曽我の言葉で、緒方は納得して須田を見た。

「じゃあ……先生は」

「マサトさんと呼んでくれ。語尾にハートを付けてくれると嬉しいな。……君は?」

 締まりの無い顔で、須田は隣に座る緒方に迫る。
 緒方は困惑した。

(いつき)です。ハートは付けないで下さいね」

「イツキくんかあ。可愛いなあ」

 滅多に見せない須田の締まりのない満面の笑みを見て、柚木はふたりの関係に疑問を抱いた。

「何だかデキてるっぽい。ふたりってそういう関係だったんですか?」

「そうなら嬉しいんだけどね。残念ながらイツキくんは余所の男のモノなんだよ」

 須田に指摘されて緒方は赤くなる。
 須田はそんな純情がたまらなく可愛いと感じた。

「……で、君はカレシはいるの?」

「あたしは別に男が好きな訳じゃないわ」

「えっ?」

 想定外の柚木の言葉に、男好きな三人は驚愕の色を見せた。

「そんなオーバーな」

 柚木は呆れた。

「じゃ……なんでその恰好……」

 素直な緒方の疑問が向けられる。
 あまりに率直すぎて嫌な気分にはならなかった。

「なんていうか……落ち着くのよ。理由なんて聞かれても分からないし、分からなくてもいいと思ってる」

「――割と理由付けしたがる人の方が多いのにね」

 須田は関心を寄せた。
 自分の存在を肯定するために人は色々と努力し足掻く。
 自分の在り方を認めてもらいたいと深層では思っているからだ。
 けれど、この在り方ではより困難なのではないかと思えた。

「女性が好きなら、女装はマイナス因子にならないかい?」

 曽我が須田と同様の疑問を抱く。

「女性が好きって訳でもないけど……。よく分かんない。中身は、私は私と思えるけれど。わたしは女の外見でいる自分が好きなの」

 なかなか複雑だ。
 須田はそう感じた。
 この姿を自分だと認識してしまえば、それ以外の姿はなかなか受け入れられないだろう。
 このケースをトランスジェンダーと言えるのか判断できないが、少なくとも性的には自己愛が強いタイプだと思えた。
 いくら年若いとは言え、骨格からして華奢で中性的だ。多分ホルモン剤を上手く内服しているのだろう。
 それも、多分成人する前からだ。

「就職のとき……。病院には何て言ってるんですか?」

 緒方の疑問は核心に触れた。
 そこを知りたくてなかなか踏み込めなかった医師ふたりは、緒方に対して「グッジョブ」と心でエールを送る。

「別に……。戸籍上性別男だけど、女性用のユニフォーム着たいって言っただけ」

 それで全てが済んでしまうこの病院の在り方は凄いと思う。
 以前、医事の佐川が言っていたように、ゲイバッシングが反対に職員からの不評を買ったと言う管理部が打ち立てた方針なんだろうかとも思えた。

 何にせよ、あらゆる方面に対して、差別を許さないこの病院の体質は社会的に見て素晴らしいと評価できる。

 ひとを差別しない。
 経済的困難を抱えて、受診すらできない患者をつくらない。

 そんな平等な精神を持つ医療方針が、個々の職員の意識をそうさせているのだろうと思えた。



 いい職場に巡り合えた。

 須田は、ここに連れて来てくれた嶋崎と、迎えてくれた仲間たちに感謝していた。




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あきゅろす。
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