清流に棲む魚
15
「男の移り香だったら、もっと酷い目に遭うんじゃないのか?」
緒方の肩を抱き寄せて、須田はグリグリと頭をすりつける。それはまるで、野生動物の匂い付け行動のようだった。
「ああーっっ!!止めて下さい!」
慌てて両手で須田を押し返す。そんな緒方を、須田はさらに抱きしめて嫌がらせをした。
須田は、緒方の純情が可愛くてたまらない。
「人前でホモ丸出しな行為は止めて下さいよ」
傍観していた曽我が呆れて指摘した。
須田と懇意にしている曽我は、須田の中途採用の理由を本人から聞かされていた。
以前の須田には、こんな行動など考えられなかった。それはやはり、分かり合える仲間がいる安心感に由来しているに違いない、と曽我は思う。だが、さすがに、通りを行き交う人々の様々な反応が痛い。
曽我が困惑していると、後ろからハイヒールで走ってくる靴音が近付いてきて、須田の腕が不意に拘束された。
振り返ると、そこに柚木がいた。
「――柚木さん。どうしました?」
「話があります。付き合って下さい」
肩で息をして、挑むように須田に向かう。
須田は嫌がる緒方を抱いたまま、柚木を一瞥して困惑していた。
「おれは緒方くんと付き合いたいから……」
「いいから、付き合って下さい」
問答無用で、柚木は須田をぐいぐい引っ張って行く。それでも、須田は緒方を離さなかった。
「先生。いい加減にその人離して」
柚木が緒方の事を指摘する。
「どうして?」
「わたしはふたりきりで話がしたいの」
「嫌だよ」
「しのごの言わないで下さい」
険悪なムードに気づいた曽我が須田に尋ねた。
「彼女に何したんですか?」
「別におれは……彼女がオカ」
「あ――――っっ!!」
サラリと秘密を口走りそうになる須田の口元を塞ごうとして、柚木は慌てて手を伸ばした。
「何だ。……そんな事ですか」
曽我は事もなげに返す。
「柚木さんの事はおれだって知ってますよ」
曽我の屈託のない笑顔を見て、柚木は色を失った。
「どうして……」
「目は利く方でね」
須田と同様に云ってのける曽我を見て、柚木は疑問を抱く。
「――同類?」
「いや、少し違うんだけど……。でもまあ、とどのつまりは一緒なのかな」
つかみ所の無いふわふわとした微笑みを向けられる。
柚木はそんな曽我の笑顔に毒気を抜かれて、結局は彼らと同伴する事になった。
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