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秘する花 誘う蜜
美2





 スタイリストが咲希のメイクと着付けをしている間に舞台が仕上がり。やがて、今夜のためにあつらえた衣装を身につけた咲希がアトリエに入ってきた。

 その姿を目にしたわたしと魁は言葉を失った。

 古典柄の熨斗目模様のしめもようは、からし色を切り替えにして紫紺と紫黒で染められた正絹の大振袖を彩り。銀の錦糸で織り上げた帯を縦の兵十郎結びにして両端を斜めに長く垂らした姿は、まるで別人のようでありながら本来の姿をあらわにする。

 血の色を映す赤い唇。目尻の紅。元服前の若侍のようなひとつに束ねた長い黒髪。

 魔性の美。

 妖艶な女形の歌舞伎役者がそこに存在しているような錯覚すら覚えて、わたしは息を呑んだ。

「始めよう」

 魁がわたしを促す。

「そのままで撮る。ポーズを決めてやってくれ」

 魁に命じられるまま咲希に近寄って、敷布の上に足を崩して座らせた。

 咲希は無言だった。

 男の骨格では難しい横座りだったので、咲希はその形を維持するのに必死だ。

「緊張しないで」

 寛ぐよう伝えてから、着物の裾を広げて美しいフォルムを表現する。
 長い振袖の端の皺一つまで手を抜かずに、深い陰影を作り上げた。

「きれいだ、咲希。目線は指先に……そう」

 魁の撮影が始まる。絶え間ないシャッターの音が、シャワーのように降り注いで、咲希の防壁を洗い流してゆく。

「目線こっち。おれを見ろ。……いいぞ咲希」

 肩も腰も、表情さえも。次第に咲希の全身のラインが柔らかく丸みを帯びてゆく。
 まるで妖美な魔物のように劇的に生まれ変わり。存在そのものが絵画のようで。さながら印象派の画家の手によって生み出された高貴な婦人を思わせる。

 美を表す言葉をこれほどもどかしく感じたことはない。

 ただ、美しいとしか形容できないわたしの感性が悔しい。

 モニターに転送される画像の数々がまるで動画のように咲希の姿を映し出す。

「いいぞ。咲希。……お前は最高の素材だ。自分自身が、唯一無二の至高の存在であると思え」

 シャッターを切り続ける魁は、咲希の感情を押し上げる。

 そうして、次にわたしの仕事が始まった。



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