Dear heart
体温までの距離 8
「おまえも立派だよ」
「俺なんか……」
落胆したようにテーブルに視線を落として、ため息とともに呟く。
そんな緒方を、日比野は包容するように見つめた。
「救急車を迎えて、すぐに患者に向かう事務員なんて滅多にいない」
日比野の指摘に誘われて、緒方は視線を持ち上げた。
「患者に向かうおまえの姿勢は立派だ。職業意識と言うより、心から相手を思い遣っている。そういう優しさを、今でも持っていてくれて……嬉しかった」
迫るような強い視線にさらされて、緒方の顔が熱くなった。
「よせよ……照れくさい」
本当は嬉しかった。
ただ流されるだけの毎日で、本当にこれでいいのかと迷っていた。
自分の仕事を評価してくれるゆとりなんて、他の事務員にもありはしない。
無味乾燥な毎日に、少しだけ消沈していた緒方にとって、この日比野の言葉は何よりも嬉しく、染み入るように胸に広がった。
ふたりでいた時間は足早に過ぎる。
気付くと、その店でもう2時間も過ごしていた。
「そろそろ出るか」
日比野が上着を手にして立ち上がった。
「うん」
ふたりは、ほろ酔い加減の体を厚手のジャケットに包んで店を出た。
[*前へ][次へ#]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!