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Dear heart
不自然な関係 2



日比野が予約したコテージに到着したのは夜9時をまわっていた。

管理棟に立ち寄って鍵を受け取ってから、建ち並ぶコテージのナンバーを確認して、玄関先の駐車スペースに車を停めた。

先に車を降りた緒方が、コテージの鍵を開けて中に入ると、ふたりだけで利用するには広すぎるスペースで、緒方はなんだか臆してしまう。

リビングダイニングとキッチン、そしてバスルームが一階フロアにあり、駐車スペースがコテージの一部に入り込んで、その部分がロフトとなっていて、広いベッドがふたつ並んでいた。
ロフトに上がる階段を登って改めて室内を見ると、壁に上下二段のベッドが隠れていて、このコテージが四名まで対応できる施設である事を知った。

道理で、広いと感じたはずだ。

「緒方。荷物運ぶの手伝え」

日比野が玄関から緒方を呼んだ。

緒方はロフトから降りて、荷物を室内に運び入れ、備蓄食料を冷蔵庫やストッカーに収納した。

夕食は途中で済ませたため、すぐに風呂に入って、翌日に備えて早めにベッドに入った。

年末の行事もテレビ番組も興味ない。

緒方は日比野と過ごす初めてのリゾートにいささか興奮ぎみで、隣のベッドで疲れて眠る日比野の背中を眺めながら、その夜はなかなか寝付けなかった。



翌朝、早くから目覚めた緒方は、窓のカーテンを開け放してよく晴れた空を眺めながら、清々しく爽やかな気分で日比野に声をかけた。

「──もう少し寝かせろ」

ベッドの中から寝ぼけた声で応える日比野は、まだ惰眠を貪っている。

そんな日比野の姿に苦笑して、緒方は朝食の支度をするために階下に降りた。

日比野は昨夜、悪天候の中、車を運転し続けて来た。
夜間の雪道、しかも吹雪の中での運転は一番疲れるものだ。
そんな事が分かってしまうから、緒方はそれ以上声はかけないで,そのまま日比野を寝かせておいた。

コテージのキッチンには、キッチンツールや家電が揃っていて一般家庭と変わりなく完備されている。
冷蔵庫とストッカーを漁って、日比野が買い込んでいた食材の中に、厚切りの食パンとピザソースのボトルを見つけた。

緒方は、自分でも作れそうなトーストを朝食メニューに選択した。

パンにソースを塗って、ベーコンとチーズをトッピングしてからオーブンレンジにセットする。
パンが焼き上がる間に、IHヒーターにやかんを乗せて沸き上がってから熱い湯でコーヒーを入れた。
コーヒーとチーズの香りが室内に拡がって、家庭的な朝の雰囲気が出来上がって緒方はなんとなく嬉しくなった。

よもや、自分が日比野のために朝食を用意する日が来るとは思わなかった。
折角の元旦なんだから、雑煮くらい作れるようになっていれば良かったなどと、悔やんでもみる。
それがまた、自分でも自分が可愛いじゃないかと思えて何だか可笑しい。

「あけましておめでとう、緒方くん」

シンクに向かっていると、突然背後から抱き締められて緒方は驚いた。

「日比野!?なに?」

朝っぱらから鬱陶しい。
ぴったり密着して離れない日比野に、緒方は嫌な予感を覚える。

日比野の朝の象徴が緒方の腰に当たっていた。

「──いやぁ……ちょっと、新妻姿に欲情して」

赤くなって照れくさそうに答える日比野に、緒方は力一杯抵抗した。

「なに新年早々寝惚けてんだよ!そういう妄想は捨ててしまえ、うっとーしい!!」

やっとのことで日比野の腕から逃れた緒方は、なおも迫ろうとする日比野を、足でぐりぐりと押し返した。

「酷いことすんなよ。ひとの友情を足蹴にするのか、おまえは」

悲しそうに訴える日比野に、緒方は苛立って吐き捨てた。

「友情に邪な衝動を持ち込む奴が悪い!」

しかし日比野には、世の中の大半を占める常識は通用しない。

「まあ、いいから。そんな堅い事言わないで。……硬くするのは別のトコにしよう」

緩い笑顔を見せてから、今度は強引に抱き寄せて、緒方の首筋にキスをしてくる。

「──っておまえ、ひとの話全然聞いてねーな!?」

怒る口元を唇で塞がれて、緒方は不覚にも感じてしまった。
抵抗を封じるキスに骨抜きにされて、緒方は日比野の為すがままになる。

初めて快楽を共有してから、こんな事が頻繁になってきた。
会う度に求められ、友情という名のもとに、ひとに言えない関係を重ねて、おかげで自分で管理する必要がないくらいに、身体まですっかり満たされてしまった。

勿論、友人としての付き合いは依然としてそのままで、変に気まずくなるような事はなかったが、何かが違うのではないかといった疑問だけは拭いきれずにいた。

さんざん舐ぶられた唇が解放されて、緒方の口から閉じ込められていた喘ぎが洩れた。
ふたりの唇を橋渡すような透明な体液が糸を引く。
緒方の紅潮した肌と陶然とした表情が、日比野を誘惑して自制の限界を越えさせた。

「──よし!」

日比野は腰が抜けたように骨抜きになった緒方を担いでロフトに戻って行く。

「何が『よし』だよ!」

「確認と気合いだ」

「──この…ばか力。降ろせ!」

「救急は鍛え方が違うからなぁ……」

はっはっはっ。と、爽やかに笑って、日比野は緒方をベッドに拉致した。

全く爽やかではない欲望を、なぜこんなに爽やかに堂々とためらいなく前面に押し出してはばからないのだろう。

それを男らしいとでもいうのか……と、緒方はやや剣呑な感情に呑まれそうになる。

日比野の愛撫にすっかり馴らされて、全身が敏感になって抵抗出来ない緒方だったが、不自然な関係を諦めながらも、この行為を認めてはいけない…と、自分に言い聞かせ続けた。

やがて、またいつものように理性を毟り取られた。

緒方は官能のままに日比野の愛撫に溺れ、自覚のない甘い声で情を煽って、日比野を夢中にさせていた。



すっかり冷めてしまったトーストとコーヒーを温め直して朝食を摂ってから、ふたりは早速ゲレンデに出掛けた。
正月にもかかわらず、スキー場は賑わいを見せている。

ふたりはまず、比較的なだらかなコースをまわって、身体を慣らす事から始める事にした。

「ウォーミングアップは朝のうちに済ませたが、やはり怪我には注意しなければならないからな」などと偉そうに言って、緒方の罵声を浴びてから、日比野は緒方の機嫌を取りながらゴンドラに乗り込んだ。

ゴンドラは、コースの上をゆっくりと移動して、斜面を登って行く。

不意に静かな時間が訪れた。
鉄塔のモーターの音と、スピーカーからの音楽だけが聞こえてきて、ふたりの間を沈黙が支配する。
座席に触れていた緒方の左手が、差し出された日比野の右手に包まれた。

緒方の心臓がトクン……と高鳴る。

「緒方……」

外を眺めたままで、日比野が切り出した。

「──ん?」

反対の外を眺めたまま、緒方が応えた。

「俺に、こんな事をされるの……。嫌か?」

その質問は今さらすぎて、緒方の思考にポッカリと穴を開けた。

何も返せないで黙っていると、日比野は言葉をひとつずつ選ぶように、ふたたび問いかける。

「嫌なら、はっきり嫌だと言ってくれ。そうでなければ、俺には分からない」

緒方の手を握る手に力が込められる。

「おまえの気持ちが分からなくて……。同情されているだけなのか。それとも、俺の事を……」

本当は、この手を振りほどかれるのが怖い。
そんな想いが緒方に伝わってくる。

「──嫌じゃない。……だから困るんだ」

ずっと外を眺めたままで応えた。

「好きだよ。おまえの全てが好きで、あんな事もこんな事も許せてしまう程……」

普通では考えられない事まで、日比野なら許せてしまう。
自分のこの感情は一体何なのだろう。
緒方は、整理できない不明瞭な感情に迷っていた。

「──でも、おまえみたいに……欲情してくるっていうのは、あまりよく理解できない」

友情という名のもとの不自然な行為。
もしかしたらそれは、友情とは違う何かではないだろうかと、今になって思えてきた。

痛いところを突かれた日比野は、外を眺めたまま困惑していた。
しかし、緒方に『好きだ』と言われて、またいけない気持ちが湧き上がってくる。

「──キスしていい?」

「丸見えだからダメ!!」

即却下されながら、人目を気にしての拒絶は、日比野には嬉しかった。

キスが嫌なのではないらしい。

日比野は歓びのあまり、不埒な笑いを浮かべながら外を眺め続けていた。




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